『そろそろ一度自宅に戻る。』
シヴァはそう言い、ホテルの荷物を片付けると車に詰め込んだ。
もちろんカイルも同じく荷物をまとめて車に乗り込むことになった。
シヴァの自宅は都心から離れた海沿いの町の端のほうにある。
人気の少ない場所に車を走らせて、洋館の傍に止まると荷物を置き去りにして家のドアを開いた。
『ただいま。』
家の中には揺り椅子に座った老婆がおり、シヴァの顔を見るとあわてて立ち上がった。
『シヴァ、お帰りなさい。』
シヴァは老婆を抱きしめると優しく頬にキスをした。
『会いたかった。レイン。』
『うふふ、昔と変わらないわね、あなたは。』
レインはよたよたと歩くと台所でお茶を入れ始めた。
シヴァはそれを確認してから家を出て車から必要なものだけを家へと運び入れる。
『レイン、これはカイルだ。』
お茶の用意しているレインはカイルを見て優しげに微笑む。
『まあ、可愛い人。もしかしてあなたと同じ?』
『そうだ、これもヴァンパイアだ。』
レインがお茶が出来たと言い、シヴァとカイルも席に着く。
乳白色のお茶がカップに注がれていく。
『ありがとうございます。』
カイルがカップを受け取るとレインはじっとカイルを見た。
その瞳は小さな子供のようでキラキラと輝いているように見える。
『ああ、ヴァンパイアというのは美しいのね。シヴァとは違うなんて素敵ね。』
シヴァはそれを聞くとハハと笑った。
『レインには敵わない、よくわかったね。』
『ええ、わかるわ。どんな格好していたってね。』
カイルは驚いた。
少年のように振る舞い、そのような格好をしてもわかってしまうなんて。
髪はボサボサのままで、最近は後ろで結うようにシヴァに言われてからそうしている。
未だにシヴァのお下がりを着ているのも用心のためだったが、こんな風に見抜かれてしまうとは。
カイルの思考を読んだのかシヴァが言う。
『カイル、レインは違うんだ。彼女は魔女だ。』
『魔女?』
レインは頷くとそうそうと笑う。
『ええ、そう。生粋の魔女。もう何百年と生きている…でもそろそろ終りね。疲れちゃったの。』
シヴァはテーブルの上で両手を組む。
『レイン…。』
『いいのよ、もう。私は不死ではないのだから、いつ死んでもかまわないのよ。もう十分よ、あなたと一緒にいられて私は残すものなんて何もないの。』
レインは枯れ枝のような指先を差し出した。
『見て、もうだめよ。あなたのように永遠に美しいなんてことはない。こうして死んでいくのよ。だから帰ってきてくれたんでしょ?』
レインの優しい微笑みにシヴァは頷いた。
『ああ。』
『優しい人、私は幸せだわ、あなたに出会えて愛されて…幸福だわ。そしてカイルあなたにも会えた。私が一つ罪を犯すとしたらカイルあなたへの嫉妬ね。あなたなら傍にいられる。私の大切なシヴァと一緒に。』
レインはふうと息を吐くと青ざめて椅子に深く座り込んだ。
『だめね。もう…長くはないわね。』
シヴァは立ち上がるとレインの額にキスをする。
『愛するあなた、どうかいつまでも幸せでいて。私を見送ってくれてありがとう。あなたがこちらへ来るとき私はあなたを迎えにいくわ。どうぞお元気で。』
かすれて行く声にレインの目から涙が零れた。シヴァの唇がレインの唇に重なる。
『さようなら、私の恋人。さようなら。』
彼女は微笑み、すうっと小さく息を吐く。そして眠るように目を閉じた。
『シヴァ…レインは?』
カイルがシヴァを見上げると彼の目から涙が零れ落ちた。
その姿が美しくてカイルは一瞬見惚れ、気付いて視線を外す。
『眠っている。もう起きることはない。』
シヴァはレインを抱き上げると揺り椅子に彼女を座らせた。
ギッギッと椅子が揺れている。
『レインは本当に魔女だったの?』
『どうだろうな…魔女でもなんでもない、ただの人間だったのかも知れない。けれど長い間彼女はこうして私の傍に、私の心に寄り添っていた。』
シヴァは眠るレインの傍に立ち彼女を見下ろしている。
そして彼女の肌がぴしぴしと枯れてゆきゆっくりと崩れ始めた。
人の形を成さなくなってただの砂へと変わってしまった。
『愛しているよ、レイン。』
ぽつりとシヴァが呟く。
彼女が人であれ、魔女であれ別れは悲しいものだ。
カイルはシヴァの傍に近づくと彼を抱きしめた。
顔を胸にうずめてぎゅっと背中に回した手に力をこめる。
『カイル…その抱き方では折れてしまう。』
『あ、ごめんなさい。』
ぱっと体を離しシヴァを見上げる。
カイルの目に映ったのはシヴァの近づいた顔だった。
唇が触れてシヴァの腕がカイルの腰に回された。
ぐっと抱き上げられてカイルの足が浮く。
深く口付けられてカイルはぐわんと目が回る思いがした。
息が続かなくなった頃に開放されてカイルの体ががくんとシヴァにもたれこんだ。
シヴァは何も言わず抱き上げると奥の部屋へと行き、カイルをベットに放り投げる。
『今日はここで眠れ。私は少しすることがある。』
彼はそう言うとドアを閉めて行ってしまった。