庭の大きな木の根元に灰を撒く。
シヴァはゆっくりと両手でそれをしその場にしゃがみこんだ。
何度も大切に撫でて何かを口にしている。
カイルは部屋の窓から数日その光景を眺めていた。
数週間経った頃、シヴァはようやく普通に戻ったのかカイルに話しかけてきた。
『カイル、この家は処分する。』
『え?でも…レインが。』
シヴァは頷きカイルに荷物をまとめるように言い、自分もまた荷物をまとめ始めた。
多くはない荷物を車に詰め込み家を後にする。
バックミラーで見送りながらカイルは眉をひそめた。
『いいんですか?これで。』
『ああ、あれはレインのために買った家だ。レインがいなくなって私が住み着けばまた問題になる。』
『でも…。』
『大丈夫だ、私は何度もこうしてしてきたんだ、君が来るまではな。』
『シヴァ…大丈夫ですか?』
シヴァは横目にカイルを見ると口元だけ微笑んでみせた。
『私は大丈夫だ。それにちゃんと見送ってきたからな。』
カイルは何も言えずに黙り込むとシヴァが続けた。
『あの木は購入した時に植えた。また彼女と共に生き続けるだろう。』
庭にあった木はとても立派で長い間育ち続けていたはずだ。
やはり彼女は人間ではなかったのかも知れない。
そもそもカイルは人間がどんな風にして死ぬのかを知らないから、レインを人間だと判断することができないが。
長いドライブの後、大きな町に着くとシヴァは一人車を降りた。
カイルにここにいるように言い、彼は一人どこかへ出かけてしまった。
ぼんやりと助手席にもたれこみ、暖かな陽射しに居眠りをしているといつの間にかシヴァは戻っていた。
『よく眠っていた。』
彼は車を出した。
新しい住まいが決まったらしくそこへ行くらしい。
人間の世界は随分と様変わりしているらしく、契約書がなくなりパスと金で契約が結べるそうだ。
便利にはなったが大きな金が必要になる時もあるらしく、以前のような機械でのやり取りが好ましいそうだ。
新しい家は大きな町の外れ、森の近くにある。
一軒家で幽霊が出るとか迷信じみた話を持っているとシヴァは笑った。
屋敷は掃除されておらず埃をかぶっている。
二人は中に入ると全てのドア、窓を開けて掃除を始めた。
大方終わる頃には日も暮れてどっぷりと夜がやってきていた。
備え付けられた椅子に座りカイルは大きな溜息をつく。
『疲れたか?広い家だからな。一日で終わってよかった。』
シヴァはカイルを置いて車に戻ると荷物を運び始めた。
『あ、すいません。すぐに!』
『いや、いい。そこにいろ。』
シヴァは荷物を一人で片付けると、ようやくドアを閉めてカイルの傍に座った。
『当分ここにいられるだろう。君もいることだし、少し落ち着いたほうがよさそうだ。』
『すいません、私はとんだ穀潰しではないですか?』
シヴァはカイルの顔を覗き込むと頭をくしゃくしゃと撫でた。
『私はそんな風に思っていない。』
『しかし…こんなおんぶに抱っこでは。』
カイルが眉をひそめるとシヴァはうむと唇を結んだ。
『わかった。ならば仕事をやる、私の傍で働けばいい。今までと同じように。』
『あの、そうじゃなくて!今までだって私は何もできていません。』
『ならばどうしたらいい?』
シヴァは椅子にもたれると足を組んだ。
『えと…。』
よく考えても何も出てこない。役立たずであるとカイルは思う。
『すいません。』
『わかった。』
ふうと息を吐くとシヴァは席を立って奥の部屋へと引っ込んだ。
その背中を見てカイルはうな垂れる。
何ができるかはっきり言えたらよかった。
まじないだってそれから…以前やっていたことを思い出すが金になりそうにもない。
はあと大きな溜息をつく。
『どうした?』
シヴァは奥の部屋から戻ってきたのかカイルの傍に立っている。
手には何か持っていてそれをカイルに差し出した。
この世界で使われている銀行のIDカードだ。
持ち主が側面を押すと詳細が分かるようになっているとシヴァは説明する。
『これを見ろ。』
シヴァの指がIDカードに触れてカードが詳細を映し出す。
0が沢山並んでいてカイルは指先でそれを数えた。
『これって…。』
数えたけれどその数字をなんと読んでいいかわからずカイルが顔を上げた。
『私は別に金には困っていない。そもそもこの世界では金なんてなんの価値もない。君は森で暮らしていたから知らなかったのかもしれないが。』
『そうなんですか?』
『この世界は居場所を作るために皆が働いている。そこにはした金のようなものがつくだけだ。人の中にはこの金にすがりつくものもいるそうだが殆どはそうではない。』
『森ではまだ金というのは価値のあるものだと教えられていました。』
『そうだろうな…、そうしたほうがいい場所もあるんだろう。』
シヴァはカードをポケットにしまうとカイルの手に触れた。
『カイル、君は色々気にしすぎだ。私は君といたいからこうしている。あまり神経質になるのは体に良くない。』
カイルの細い手首にシヴァの大きな手が重なる。
『シヴァは…。』
カイルが言葉を続けようとした時、シヴァはカイルにキスをした。
そっと触れるだけのキスはすぐに終わりシヴァは離れると立ち上がった。
『君はゆっくり眠るように。』
そう言い残して彼は部屋に戻った。