目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第42話

「えっ……?」


 一瞬、何を言われたのかわかんなかった。

 「いいんじゃないか」って、どういうことだ? 聞き返そうとして、うまく言葉にならなくて。

 何も言えないでいるうちに、イノリはしゃべり続けてた。


「葛城先生って――まえ、亜世パパに聞いたことあるんだけど。魔力コントロールの権威らしいよ。本もいっぱい書いてるし、すげぇ賞もたくさん貰ってるって」

「……そうなん?」


 葛城先生って、そんなすごい人だったのか。確かに『サルでもわかるシリーズ』、すげえわかりやすかったもんな。

 でも、それが俺のことと、何の関係があるんだろう。


「だからさ、トキちゃん。あの人に頼むのが、いいんじゃないかな」

「――!」


 俺は、ひどい衝撃を受けた。

 ガーン! って、頭に隕石がぶつかったみたいだった。

 一瞬こっちを見たイノリは、また窓の外に視線を戻す。

 俺は、なんとか声を絞り出した。


「俺、そんなつもりねえよ」

「でも、トキちゃんあの人のこと好きだよね。「いい先生だ」って、よく話してた」

「違っ! ――いや、そりゃ先生のことは、尊敬してるよ! けど、それとこれとは違うじゃん」

「ううん」


 イノリは、おっとりと首を振る。

 いちおう返事はしてるけど、俺の言ってることが届いてないみたいだった。

 もどかしくて、足を何度も踏みしめる。


「だからっ、違うんだって!」

「どうして。――トキちゃんも、あの人なら安心できるだろ?」

「えっ」


 静かな声に言われて、息を飲んだ。

 イノリは、頑なに俺の方を見ない。さっきから、窓の外ばかり見てて、どんな顔してるのかわからない。

 けど、窓枠を掴む手が、真っ白になるほど強張っている。


「……なんで?」

「わかるよ。トキちゃん、ずっと俺に怯えてたもん。ああ、俺に触られんの、嫌になっちゃったんだなぁ、って思った」

「っ違う!」


 激しくかぶりを振って否定する。イノリの、寂しそうな声が辛かった。


『お前じゃない、全部俺が悪かったんだよ!』


 そう言おうとして、ぐっと喉がつっかえる。

 怖くて。

 この期に及んで、イノリに気持ち悪いって思われたくなくて――ただ「違う」って、馬鹿の一つ覚えみたいに言うしかできない。

 向けられたでっかい背中に、胸が苦しくなる。どうしよう……。

 イノリは大きく息を吐いた。


「トキちゃん、あのさ。俺に遠慮なんか、しなくていいんだよ。これは本当に本当だけど、俺、トキちゃんのちからになりたいんだ」

「イノリ、」

「困らせて……ずっと悩ませて、ごめんね。――魔力は、葛城先生に起こしてもらって。俺は――俺はもう、絶対にトキちゃんには触らないから」


 その瞬間、頭が真っ白になった。


「嫌だっ!!」


 整然と並んだ机にぶつかって、ガタガタッ、と派手な音が立つ。

 イノリの背中に飛びついて、力一杯しがみついた。


「……!」


 イノリが、鋭く息を飲む。

 俺は、腰に回した腕にぎゅっと力を込める。


「嫌だ! そんなの、絶対やだ!」


 首を振って、バカみたいに叫んだ。

 イノリが身じろいで、それが怖くて、ますます腕に力を込める。

 いやだ。

 俺を突き放さないで。


「いやだよ、イノリ! 俺、お前じゃないと無理っ――葛城先生と、あんなん出来ねえよ!」


 何言ってんだ、俺。

 もう無茶苦茶じゃんか。

 イノリに触らせたら、悪いって。イノリとはできないって、あんなに怖がって。

 さんざん逃げ回って、イノリのこと傷つけたくせに。

 イノリとじゃなきゃ、嫌だなんて。

 勝手すぎる。

 こんなんじゃ、世界中にそっぽ向かれるぞ。

 でも、――どうしても嫌だ。


「嫌な態度とって、ごめん。俺……俺が、お前に触られると、変になっちゃうから、バレたくなくて――イノリは全然悪くないんだ。ごめんな」

「――トキちゃん」


 イノリの反応が怖い。

 その分、必死にしがみついた。カーディガンを、潰れるほど握りしめる。


「イノリじゃないとやだっ! か、勝手なのはわかってる! けどっ、俺、――お前以外に、触られたくないよ!」


 そう、叫んだとき。

 イノリが、俺の腕を捕らえた。

――あ、引き剥がされる。

 俺は、腕に力を込めて、その動きに抵抗した。

 けど。

 なんでか、イノリがきゅっと俺の手首を掴んだとき、へなりと力が抜けてしまう。


「……ゃっ……!」


 あっけなく、俺の腕はイノリによってほどかれた。

 目の前が真っ暗になる。

 もう、だめなんだ……。

 鼻がツンと痛くなる。

 「ひぐ」って、喉の奥で声が潰れた。


「!」


 突然、強い力で腕を引かれる。

 俺は、正面からイノリの胸に飛び込んだ。

 そのまま、背が折れそうなほど思い切り抱きしめられる。

 かふっ、と喉で息が弾けて。

 俺は、イノリの背に必死ですがりつく。


「イノリ……!」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?