「申し訳なかった!」
「ええっ!?」
近くの空き教室に入るなり、がばぁと勢いよく頭を下げられた。
ぎょっとして、白井さんの肩を掴む。
「ちょっと、頭上げてください!」
「いや、本当に。氷室さんは真面目な人なんだが、序列至上主義のところがあって……! とにかく傷口に塩を塗るようなことをして、すまない!」
「うわわ、いいですって!」
頭を上げてもらおうとしても、白井さんは頑として謝り続けてる。俺は弱った。
確かに、氷室さんにはむかついたけどさ。白井さんはぜんぜん悪くないわけで、こんな風にしてもらうと申し訳ねえよ。
言うと、苦し気に息を吐いて。
「いや。風紀は『一人は皆のために、皆は一人のために』というスローガンを掲げていてな。委員の起こした失態は、自分のことでなくとも申し訳ないんだ。それに……あれに懲りて、君が大変な時に風紀を頼れなくなったら、どうしようかと……」
「おお……」
めっちゃくちゃ責任感の強い人だ。
でも、もう俺は本当に気にしていないんだ。イノリが側にいてくれて、メンタルリセットできたしさ。
とにかく、気にしないでほしいって伝えまくって納得してもらおう。
そう決めて、息を吸い込んだときだった。
ガラッ、と教室の戸が前触れもなく開かれて。
「あっ早瀬さん、ここにいたんですか!」
走りこんできたのは、すげえ美青年だった。
金髪と青い目の、西洋人形みたいな。襟足を一つに結んで、片耳には青い石のピアスが光ってる。――のに、上腕にはあかがね色の腕章があった。
「真帆! どうしたんだ、息せき切って」
「大変なんですよ、それが。生徒会の奴らが、オレらの管轄で勝手に捕り物しちゃって――いま、氷室さんがカンカンになって行きました」
「なんだって?!」
美青年のもたらした情報に、白井さんが目をむいた。さっと顔が青ざめる。
「すぐに現場へ向かう!」
「はい。――ところで、早瀬さん。この子は?」
今にも走り出しそうな白井さんの袖を掴み、美青年が尋ねる。青い目が、興味深そうに俺を見ていた。白井さんはハッとして、
「すまない、吉村くん。行かなければならなくなった」
「あ、はい! お気になさらず」
「よしむら? よしむらって――キミ、もしかして吉村時生?」
「へっ?」
急に名前を当てられて、目を丸くする。期待の目に負けて頷くと、ぱあっと美青年の顔が輝いた。
ガシッ! と両手を力強く握られる。
「うお?!」
「うひゃあ、ラッキー! 噂の「要監視対象生徒」に会えるなんて! ねえ、オレは一年F組の二見真帆だよ。よろしくね」
「よ、よろしく。二見、要監視対象生徒ってなに?」
「知らないの? キミ自身のことなのに!? 要監視対象って言うのはね、学内で風紀を動員するような事件を起こすと」
「真帆!」
楽しそうに話す二見を、白井さんのものすげえ怒声が制する。飛び上がった俺をよそに、二見は軽く肩を竦めただけだった。
「彼に余計なことを言うな。それに、無駄口叩いてる場合でもないだろう」
「ちぇっ。わかりましたよ」
「じゃあ、吉村くん。失礼するよ」
「またねー」
「あ、どうも!」
白井さんの後を、二見が手をひらひらさせながらついて行く。二人の背中にペコ、と頭を下げて。疑問がわいたのは、見送ってから。
「何だったんだ? なんか、よくわかんねえことばっかり言ってたな。要監視とか、生徒会とか……」
そのとき、にわかに窓の外が騒がしくなる。
複数の生徒が興奮気味に叫ぶ声がする。まるで、決闘のときみたいに。
「!」
窓に駆け寄って下を見れば、ちょうど玄関から生徒たちが蜘蛛の子みたいに溢れ出てきたとこだった。
騒ぎの中心には、いつか食堂でイノリと一緒にいた眼鏡の生徒と、もう一人、見たことのない白髪の生徒がいる。眼鏡の人は、確か生徒会の庶務だから。あの白髪の人も生徒会なのか?
生徒達は、二人を囲むように集まっていて。でも、誰ひとりとして話しかけない。
理由はわかる。
あの二人、威圧感がヤバすぎる。全っ然、気さくじゃねえってわかるもん。
特に白髪の人は、上から見ても異様な雰囲気だ。
この寒いのに半袖シャツを着て、肘から下がなぜか真っ赤になってるし……。
と、ぎくりとする。――赤が、腕を伝ってるって気づいて。
あれ、血だ。
なんで? 窓に腕から突っ込んだりしたのか?
窓枠にしがみついて固唾を飲んでいると、また生徒が二人、玄関から飛び出してきた。
氷室さんと、草一さんだ。
「松代! 海棠! どういうつもりだ?!」
鋭い怒声が、ここまで聞こえた。
氷室さんが近づくと、白髪の人がゆらっと振り返る。長い前髪に隠れて、顔が鼻から下しか見えない。
身振りから、二人は何か話し合っているみたいだ。
ただ、空気はここまでわかるくれえピリピリしてて、一触即発の気配があった。
「横暴も大概にしろ、松代! 今日と言う今日こそは――」
ふいに氷室さんがブチ切れて、白髪の人――松代さんの胸倉を掴んだ。
けど、次の瞬間。
氷室さんは、腕を押さえてがくりと膝をついた。腕から、黒い煙が上がっている。周囲の生徒が悲鳴を上げた。
「氷室!」
草一さんが、氷室さんを抱きかかえた。さらに、ちょうど玄関から飛び出してきた、二人の生徒――白井さんと二見が支える。
な、何が起こったんだ?
あの、松代って人が腕を掴んだ瞬間、氷室さんが痛がって――。
とにかく、ただ事じゃない。
「上から見てたんじゃ、よくわかんねえ!」
とにもかくにも、現場へ行ってみよう。
急いで踵を返そうとして、いきなり背後から羽交い絞めにされる。
「おわあ!?」
たたらを踏んで、背後の人物に寄り掛かる。ふわ、とわずかに爽やかな辛みのある匂いがする。
この匂いって――。
「吉村くん、行ったらあかん!」
「須々木先輩!?」
背後にいたのは、厳しい顔つきの須々木先輩だった。