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第69話

 須々木先輩は、俺をガッチリ捕まえたまま言う。


「いま行ったら、巻き添えくうで。視界に入らん方がええ」

「し、視界って。だれのっすか?」

「海棠や! 何か知らんけど、きみ良く思われてへん」

「ええ?!」


 なんでだ。喋ったことはおろか、目を合わせたこともないぞ!?

 先輩は俺を引きずって窓から離れた。腹に巻き付く腕が鋼みたいで、俺はされるがままになる。


「放すけど、行かへんよな?」

「うす」


 解放されて、ほっと息を吐いた。先輩は申し訳なさそうに、手を合わせる。


「ごめんなあ、乱暴な真似して」

「あ、いえ。それより先輩、なんなんすか? さっきの騒ぎ!」

「うーん。あれはなあ、話せば長くなんねんけど」

「聞いていい事なら、知りたいっす!」


 じっと見つめていると、先輩は「しゃあないな」と息を吐いた。椅子を二つ引っ張り出してきて、片方にドカッと座る。


「座って。話さんかっても、どっかできみの耳にもはいるんやろ。せやったら、きちんと知っといてもろた方がええわ」

「あ、ありがとうございます!」

「あーもう。桜沢のご機嫌取りは頼むからな?」


 なんでイノリが不機嫌になるのかわかんねえけど、俺は頷いた。

 椅子に向かい合って座ると、先輩は口を開いた。



「今回のもめ事は、そもそもぼくら生徒会と風紀委員がめっちゃ仲悪いことに、端を発しているんやけど」

「え、そうなんすか?」

「うん。――生徒会と風紀は創立当初から、学園のトップの組織の座を張り合ってたんよ。そんで、あるとき「埒が明かないから、権限を二分してその分野については互いに越権しないことにしよう」って決められたらしくてな? で、生徒会は「学園生活のルール」を作って、風紀は「学園生活の安全」を守るってことになったわけ。――ここまで、わかる?」

「はい、なんとか」


 世紀末な風習は、伝統だったのか。

 いや、ここ数年でこんな校風になったなら、それはそれで怖すぎるけど。


「生徒会は、風紀の警備に口出さんし、風紀は生徒会の決めたルールに従う。表向き、そんな感じでやってんねん」

「ははあ……」

「それを前提に――さっきもめとったんは、生徒会が、風紀通さんと生徒を取り締まったからなんやわ。実行した松代・海棠だけやなくて、この件には役員全員かんでる」

「えっ。それっていいんすか?」


 先輩は、肩を竦める。


「勿論、あかんよ? 取り決め自体は、学園の理事が決めたことやからね。いくら生徒会でも、ここを破ったら処分は免れへんと思う」

「じゃあ、ヤバいじゃないっすか! なんで……」

「ぼくらなぁ、風紀の奴らにムカついとってん。あいつら組織第一で、自分の頭でよう動かんの。あのダルイ体制のせいで、今まで何人泣き寝入りしたと思う? 今日、松代と海棠が取り締まった奴らもな、低序列相手にリンチを繰り返してんのに、野放しになっとったんやで」


 話してるうちに、先輩の目は怒りにめらめらし始めた。真っすぐ射抜くような目は、俺を通り越して「誰か」を睨んでいるみてえだった。ちょっと、圧倒されちまう。

 と、先輩は急にけろっとして。


「そんで、悪習を断たなと思ってさ。前から、皆で色々動いててん。――そんで、今朝やっと「生徒会は、風紀と同様に取り締まりの権限を持つ」って承認されたんや」

「えっ! じゃあ」

「せやから、さっきのもお咎めなしなんやで! ちょっと、派手にやりすぎたかもしれんけど。いや、スッとしたわー」


 おお、笑顔が晴れやかだ。

 先輩曰く、風紀委員長にも同じ通達が行っているはずらしい。パニックになったのは、組織の規模がでかいゆえの伝達ミスじゃないかって。

 じゃあ、氷室さんとこにも、まだ知らせが入ってなかったのか……。


「ほんでな。どうせ、噂になると思うから言うけども。今回、上手くいったんは、桜沢のおかげやねん。あいつが「次期会長になる」言うたから、ついに理事が納得したんや」

「ええ!? イノリが?!」


 ぎょっとして、身を乗り出す。

 それって、イノリが理事を動かしたってことか?! 


「な、なんでっすか!?」

「桜沢、あれでそうおらん「天才」でな。理事会としては何とかして繋ぎ留めたい人材やけど、あいつにはやる気もしがらみもない。口説きかねてたんやな。それが、自分から「働く」言い出したやろ。ちっとくらいワガママ聞いたろ思ったんちゃう?」

「マジで……」


 俺は、呆然とした。

 イノリがすげえ奴なのは、知ってたつもりだったけど。理事を動かすレベルって、本当にハンパねえじゃん。

 それに、「次期会長」目指すって……。

 いつの間にか、そんなでっかい目標を持ってたなんて。俺、全然知らなかった。


「イノリ、すげえな……。まさか、そんな高みを目指してたなんて。いつから考えてたんだろう」

「いや、ごく最近やと思うけど。昨日くらいっつーか」

「え?」

「いやいや。まあ、ええんちゃう。あいつも大事なもん守れて、ぼくらも嬉しい。ウィンウィンやろ」


 須々木先輩は、「あはは」と高く笑った。

 ちょっと、難しいことはよくわかんねえけど。困ってる人が減るなら、きっと良い事なんだよな。

 でも、――これから、生徒会も警備をするってことは。それって、イノリがもっと危ない目にあうんじゃねえの? 

 それは、なんかやだ。

 もちろん、須々木先輩とか、他の人が危険な目にあえばいいなんて、思わないけどさ。

 でも、いやだなあ……。

 あいつが、色々考えてさ。頑張ったことなのに、こんな風に考えて、俺って薄情だよな。

 でも、せめて、俺にもできることがねえかな。

 あいつの助けになれるような、なにか……。




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