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第70話

 須々木先輩と別れて、廊下を猛ダッシュ。

 知らんうちに、チャイムが鳴っていたらしい。英語の小テスト、今日は授業の始めだっけ、後だっけ? 先だったらもう、やっべえ。


「遅れてすいません!」


 教室中の目が、一斉にこっちを向く。


「遅いぞ、吉村!」

「えっ、葛城先生?」


 葛城先生が、黒板の側で眉を吊り上げている。英語の加藤先生は、窓際で苦笑いしてた。えっ、なんで?


「先ほどの生徒会と風紀との衝突で、生徒が混乱しているようだからな。生徒会の体制が変わったことを、各組担任が説明しているんだ。加藤先生には、貴重なお時間を頂いている」

「いえいえ、そんな」

「わかったら、とっとと座れ」

「すんません」


 そそくさと自分の席へ行く。

 葛城先生は、説明を再開した。須々木先輩が話してくれたのと、ほとんど同じで、ただイノリのことだけが省かれてる。


「体制が変わったと言っても、動揺せず過ごすように! また質問があれば、僕の部屋に来い。わかったな!」


 そう言って葛城先生は、加藤先生にお辞儀すると、足早に教室を出て行った。


「では、授業を始めるよ。まず、小テストから――」


 バトンタッチして、加藤先生が教壇に立つ。

 授業は無事に進んで、小テストだって無事にできた。

 でも、今日はみんなざわざわしてた。

 まえから、この学園にいる奴らからすると、今回のことはかなりの衝撃っぽくて。昼休みになっても、教室に留まっていた。


「生徒会が警備に参加って。風紀の面目、丸つぶれだぞ」

「いいんじゃね。えらそうだったしさ」

「でも、なんで今更変わったんだろうねぇ」

「改革めざしてるとか?」

「でも、噂だとさぁ」

「マジで?」


 あちこちで、いろいろ話してんのを聞きながら。

 俺はパン持って、教室を出た。





 305教室へ行くと、今日もイノリは先に来てた。


「トキちゃん、おはよー」

「おはよう!」

「怪我はどう?」

「もーへっちゃら。ありがとな!」

「よかったぁ」


 腕をブンブン振って、「元気だぞ」って示すと、イノリの目がホッと和んだ。ニコニコと嬉しそうに、俺の手を引いていく。

 いつも通りだ。

 須々木先輩が言ってた、イノリが今回の騒動のキーパーソンだってやつ。

 理事会って、いかにも偉そうなとこに出向いてさ、「会長になる」って宣言したって。

 そんな修羅場をくぐってきたなんて、イノリの笑顔からはわかんねえ。

 先に知らなかったら、気づけなかったかも……。



「なあ、イノリ。生徒会長めざすのか?」


 焼きそばパンを握りしめ、単刀直入にたずねてみた。やっぱ、気になって。

 イノリは、目を真ん丸にして、牛乳パンをちぎっていた手を止める。それから、困ったように眉を下げた。


「もしかして、須々木先輩から聞いちゃったー?」

「ウン。悪い」

「何で謝るのー」


 だってさ。お前が話してくれる前に知るなんて、ズルみてえだし……。

 と、でっかい手で頭を撫でられて。目を上げたら、穏やかな薄茶の目とかち合った。


「いいんだよー。それに俺もさ、言おうかどうか迷ってたし」

「え、まじで?」

「んー。俺、会長になるのが、目標じゃないから。でも、俺の夢に、必要な選択肢のひとつではあるっていうかー」

「そうなん?……」


 イノリは、こくりと頷いた。

 そんで、会長になりたいんじゃなくて、会長になることで得たいものがあるんだって言う。それって、つまり?


「……ケーキ屋になりてえんじゃなくて、ケーキ屋になって毎日ケーキ食いてえ、みたいな感じ?」

「あははは!」


 答えを絞り出すと、イノリに爆笑される。俺は、むっと口を尖らせた。


「笑いすぎ!」

「ふふ、ごめん。かわいくて」


 なんじゃそりゃ!

 イノリは笑いを治めて、俺をじっと見た。真っすぐな目に、ちょっとたじろぐ。


「俺ね、ちっさい頃からずーっと、だいじな夢があるんだぁ」

「……!」

「何しても、ぜんぶそこに繋がってる。だから、俺にとっては、会長でも、他の何かでもいいの」


 イノリは、俺の手を取った。


「でも今は、会長目指すつもりだよ。それが一番だって、思ったから」

「……そっか!」


 俺も、ぎゅっと手を握り返す。

 イノリに、俺も仲間だぞって伝わるように。

 それにしても、イノリの夢か。ずっと一緒にいるのに、初耳だぞ。


「俺、応援するからな! 何でも言ってくれよ」

「ありがとう、トキちゃん」


 イノリは、嬉しそうにはにかんだ。




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