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第79話

「いやー、びっくりした! 昼の見回りに出たら、さっそくトラブル起こしてるんだもん。キミ、トラブルメーカーって言われるでしょ?」

「いや、あんまり」

「えー、嘘だ! あはは」


 けらけら笑う二見に、俺はちょっとたじろいだ。

 俺と二見は、中庭のベンチで並んで座ってて。なぜか、一緒に昼メシを食う運びになっていたりする。

 二見が現われた途端、二人組は青ざめて走ってっちゃって。ポカンとしてたら、「はい、聴取聴取~」って背中を押されて、ここまで来た。


「ごはん、食べないの? 時間無くなっちゃうよ」

「いや、食べるけど。聴取ってさ」

「あれっ。二見くんサボってるの?」

「やだな、聴取だよー。この子がね、ほらアレなの」

「へえ。がんばってねー」


 マイペースだな!

 二見は話しかけられるたび、笑顔で対応してる。くいっと、あかがね色の腕章を得意げに引っ張ってみせた。


「みんな、オレが風紀だって知ってるから安心してよ」

「へ、何を?」

「オレみたいな美形と話しても、いじめられたりしないってこと」

「ははは」


 かっこつけて、髪を耳にかける二見。白い歯と、青いピアスがきらっと光る。

 無難な笑い声をあげる俺をよそに、二見はコンビニ袋をゴソゴソやりだす。


「おにぎり食う? 二つセットの買ったら一つ梅なの。オレ、嫌いなんだよね」

「いいの? うまいのに」

「酸っぱい。なんでお米に果物かもわかんないし。はい」

「サンキュ。俺、合うと思うけどなあ」

「ええ、嘘だ。ねえ吉村くん、21号館にはよく行くの?」

「うん」


 頷いてから、ハッとする。

 21号館には、内緒で行ってるんだった! 話の流れで、ついぺろっと――。

 二見は、おにぎりを頬張りながら横目で俺を見ている。


「はい吉村くん、ドボン」

「うっ」

「駄目でしょ。内緒のことは、人にペラペラ話したら」


 メっ、と人差し指で頬を突かれる。地味に痛え。


「ごめん。……てか、知ってんの? 俺が」

「あそこで、桜沢祈に会ってることなら知ってるよ。そんな危ない事、風紀が見逃すわけないっしょ」

「マジで」


 二見いわく、上位生徒のスポットの周辺には、風紀室が設置されるらしい。もめ事が起きたら、すぐ駆け付けられるようにって。


「21号館の裏にP館ってあるでしょ。あそこの五階にね、風紀室あるの知らない? キミたちの逢引きは、常に見守ってます」

「ええー?!」


 衝撃の事実に、俺はベンチからずり下がって、地面で尻を打った。二見に心配そうにのぞき込まれるが、それどころじゃない。

 全身が、ぼぼぼと熱くなる。

 見られてた、って。いや、別にやましいことなんかないけどさぁ!


「な、なんで。そんな、見たりとか」

「危ないからだってば。人を寄せ付けない桜沢祈が、キミだけあそこに立ち入らせてるでしょ? そんなん、他の生徒が見たら確実に血を見るって」

「そうなん?」

「そうだよ! みんなアイツの気を引きたくて、取り入りたくてウズウズしてんだから。それをさ、低序列の奴が仲良くしてたら「ハァ?」てなるに決まってんじゃん」

「イノリ人気者だもんなー」

「真面目に聞けって。そういう奴らはキミが邪魔なの。どっか消えて欲しいの、だから危ないんだってば。――キミ、それが分かったから、桜沢祈から離れたんじゃなかったの?」


 どーゆーこと? 矢継ぎ早に言われて、おろおろしてしまう。

 と、二見が呆れたように、ため息を吐く。


「言われたんでしょ? 「桜沢祈に近づくな」とか、そういうさあ」

「え?」



 突如、さあっと強い風が吹きぬけた。

 お握りの空箱が吹き飛ばされて、二見が「わっ」と慌ててる。

 砂が飛んできて、目をぎゅっと瞑った。はたはたとシャツの襟がはためいて、喉を叩く。


――桜沢くんから離れろ、さもないと……


 ふいに、耳じゃなくて、頭の中で声が聞こえた。

 低くて、ぞっとするほど暗い声だ。――なんだこれ、こんなこと言われたことねえぞ。

 ズキッ、と頭に差し込むような痛みが走る。

 目を見開くと、――中庭が消えていた。

 赤い。――いや、夕焼けだ。それで、真っ赤に校舎が染まってるのか。

 俺は、走ってる。――なんでだっけ? 

 背後から、バタバタバタと雨みたいな足音が迫る。

 そうだ、あいつらに捕まらないように。

 だって、捕まったら――



「――吉村くん!」

「!」


 気がつくと、二見の心配そうな顔が間近にあった。

 風景も、さっきまでの中庭だ。俺はベンチに座ってて、走ってなんかない。


「大丈夫? 汗びっしょりだけど」

「ぁ……」


 痛いぐらい、肩を掴まれているって気づく。俺は、何度かゆっくり呼吸して、気を取り直してきた。


「ごめん。大丈夫」


 頷いて見せると、二見は不安そうにしながらも身を離した。

……何だったんだ、さっきの。また、白昼夢を見たのか?


「オレ、トラウマスイッチ押しちゃった?」


 顔を上げると、二見がばつの悪そうな顔で、頭を掻いている。

 ”トラウマ”?


「ごめん。平気そうでも、そんなわけないよね」

「え、いや」

「無理しなくていいよ。……ねえ。そんなんでもさ、桜沢祈と一緒にいたいの?」


 そう聞かれて、目を見開いた。

 二見は頬杖をついて、不思議そうにじいっと俺を眺める。


「うん」


 イノリとは、ずっと一緒だし。これからも、ずっと一緒にいたい。

 そう言うと、二見は目を見開いた。


「……そっかー」


 しばらく、二見はピアスに触れながら、黙っていた。

 ふいに立ち上がると、俺の鼻先にびす、と指を突きつける。


「あだっ」

「わかった。そう言うことなら、今日みたいなことは金輪際やめて。いつも必ず、「裏口」から入って。それなら、まだ気づけるから」

「へ?」


 ハキハキと注意されてきょとんとする。二見は、まぶしいような顔で笑った。


「会いたいんだもんね。デバカメくらい勘弁してよ」





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