「いやー、びっくりした! 昼の見回りに出たら、さっそくトラブル起こしてるんだもん。キミ、トラブルメーカーって言われるでしょ?」
「いや、あんまり」
「えー、嘘だ! あはは」
けらけら笑う二見に、俺はちょっとたじろいだ。
俺と二見は、中庭のベンチで並んで座ってて。なぜか、一緒に昼メシを食う運びになっていたりする。
二見が現われた途端、二人組は青ざめて走ってっちゃって。ポカンとしてたら、「はい、聴取聴取~」って背中を押されて、ここまで来た。
「ごはん、食べないの? 時間無くなっちゃうよ」
「いや、食べるけど。聴取ってさ」
「あれっ。二見くんサボってるの?」
「やだな、聴取だよー。この子がね、ほらアレなの」
「へえ。がんばってねー」
マイペースだな!
二見は話しかけられるたび、笑顔で対応してる。くいっと、あかがね色の腕章を得意げに引っ張ってみせた。
「みんな、オレが風紀だって知ってるから安心してよ」
「へ、何を?」
「オレみたいな美形と話しても、いじめられたりしないってこと」
「ははは」
かっこつけて、髪を耳にかける二見。白い歯と、青いピアスがきらっと光る。
無難な笑い声をあげる俺をよそに、二見はコンビニ袋をゴソゴソやりだす。
「おにぎり食う? 二つセットの買ったら一つ梅なの。オレ、嫌いなんだよね」
「いいの? うまいのに」
「酸っぱい。なんでお米に果物かもわかんないし。はい」
「サンキュ。俺、合うと思うけどなあ」
「ええ、嘘だ。ねえ吉村くん、21号館にはよく行くの?」
「うん」
頷いてから、ハッとする。
21号館には、内緒で行ってるんだった! 話の流れで、ついぺろっと――。
二見は、おにぎりを頬張りながら横目で俺を見ている。
「はい吉村くん、ドボン」
「うっ」
「駄目でしょ。内緒のことは、人にペラペラ話したら」
メっ、と人差し指で頬を突かれる。地味に痛え。
「ごめん。……てか、知ってんの? 俺が」
「あそこで、桜沢祈に会ってることなら知ってるよ。そんな危ない事、風紀が見逃すわけないっしょ」
「マジで」
二見いわく、上位生徒のスポットの周辺には、風紀室が設置されるらしい。もめ事が起きたら、すぐ駆け付けられるようにって。
「21号館の裏にP館ってあるでしょ。あそこの五階にね、風紀室あるの知らない? キミたちの逢引きは、常に見守ってます」
「ええー?!」
衝撃の事実に、俺はベンチからずり下がって、地面で尻を打った。二見に心配そうにのぞき込まれるが、それどころじゃない。
全身が、ぼぼぼと熱くなる。
見られてた、って。いや、別にやましいことなんかないけどさぁ!
「な、なんで。そんな、見たりとか」
「危ないからだってば。人を寄せ付けない桜沢祈が、キミだけあそこに立ち入らせてるでしょ? そんなん、他の生徒が見たら確実に血を見るって」
「そうなん?」
「そうだよ! みんなアイツの気を引きたくて、取り入りたくてウズウズしてんだから。それをさ、低序列の奴が仲良くしてたら「ハァ?」てなるに決まってんじゃん」
「イノリ人気者だもんなー」
「真面目に聞けって。そういう奴らはキミが邪魔なの。どっか消えて欲しいの、だから危ないんだってば。――キミ、それが分かったから、桜沢祈から離れたんじゃなかったの?」
どーゆーこと? 矢継ぎ早に言われて、おろおろしてしまう。
と、二見が呆れたように、ため息を吐く。
「言われたんでしょ? 「桜沢祈に近づくな」とか、そういうさあ」
「え?」
突如、さあっと強い風が吹きぬけた。
お握りの空箱が吹き飛ばされて、二見が「わっ」と慌ててる。
砂が飛んできて、目をぎゅっと瞑った。はたはたとシャツの襟がはためいて、喉を叩く。
――桜沢くんから離れろ、さもないと……
ふいに、耳じゃなくて、頭の中で声が聞こえた。
低くて、ぞっとするほど暗い声だ。――なんだこれ、こんなこと言われたことねえぞ。
ズキッ、と頭に差し込むような痛みが走る。
目を見開くと、――中庭が消えていた。
赤い。――いや、夕焼けだ。それで、真っ赤に校舎が染まってるのか。
俺は、走ってる。――なんでだっけ?
背後から、バタバタバタと雨みたいな足音が迫る。
そうだ、あいつらに捕まらないように。
だって、捕まったら――
「――吉村くん!」
「!」
気がつくと、二見の心配そうな顔が間近にあった。
風景も、さっきまでの中庭だ。俺はベンチに座ってて、走ってなんかない。
「大丈夫? 汗びっしょりだけど」
「ぁ……」
痛いぐらい、肩を掴まれているって気づく。俺は、何度かゆっくり呼吸して、気を取り直してきた。
「ごめん。大丈夫」
頷いて見せると、二見は不安そうにしながらも身を離した。
……何だったんだ、さっきの。また、白昼夢を見たのか?
「オレ、トラウマスイッチ押しちゃった?」
顔を上げると、二見がばつの悪そうな顔で、頭を掻いている。
”トラウマ”?
「ごめん。平気そうでも、そんなわけないよね」
「え、いや」
「無理しなくていいよ。……ねえ。そんなんでもさ、桜沢祈と一緒にいたいの?」
そう聞かれて、目を見開いた。
二見は頬杖をついて、不思議そうにじいっと俺を眺める。
「うん」
イノリとは、ずっと一緒だし。これからも、ずっと一緒にいたい。
そう言うと、二見は目を見開いた。
「……そっかー」
しばらく、二見はピアスに触れながら、黙っていた。
ふいに立ち上がると、俺の鼻先にびす、と指を突きつける。
「あだっ」
「わかった。そう言うことなら、今日みたいなことは金輪際やめて。いつも必ず、「裏口」から入って。それなら、まだ気づけるから」
「へ?」
ハキハキと注意されてきょとんとする。二見は、まぶしいような顔で笑った。
「会いたいんだもんね。デバカメくらい勘弁してよ」