目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第81話

 鳶尾のやつめ、二度とホトケゴコロなんて出さねえぞ。

 やっぱ、弱ってようがあいつはあいつだわ。起きる直前に、シャツを離されてたのも分が悪かった。

 あいつときたら、枕の上から俺を睨んで、


「とっとと戻って、葛城先生に不調を伝えて来いよ。ボクまでサボりと思われるだろ」


 俺だって、サボりじゃねーわい!

 それでも、ちゃんと葛城先生に伝えに行ったさ。そしたら、先生は「ご苦労だった」て、俺の遅刻も不問にしてくれて、助かった。

 あと、「お前も体調には気をつけろ」って。

 田野先生も言ってたけど、他の組でも体調崩してる生徒が多いんだってさ。しかも、みんな「貧血」が原因とかで。


「みなが貧血とは、うつる病でもないのに奇妙なことだ。とにかく、よく食べよく寝ろ。レバーとミカンを食え。でもバランス良くな」


 母ちゃんみたいなことを言って、葛城先生は去って行った。

 しかし、体調崩してる生徒がたくさん出てるとなると、やっぱ不安になってくるな。明日のお泊り、なんか体に良いもの持って行こう。






「――そんで、レバニラ弁当と、ミカンは持ってくつもりで。もう一押し、体に良いもの用意したいんすけど、なんか良いのないすかね?」

「知るか」


 片倉先輩は、チャーハンに胡椒を振りかけながら言う。俺は、眉が八の字になった。


「そこをなんとか!」

「家庭の医学でも読め。……つーか、お前なんで普通に食ってんだ」

「へっ?」

「いっつも、いっつも、駆け寄ってきやがって。一人で食わせろよ」

「良いじゃないすかー! ただでさえ、先輩あんまり食堂に来ないし」

「そんなん、俺の勝手だろ」


 そりゃ、そうだけど。

 先輩とは学年も違うし、補習以外で顔合わせるつったら、食堂くらいしかないし。俺としちゃ、もっと親しくしたいんだよな。

 じっと見つめていると、ふいと目を逸らされる。つれねえ。

 仕方なく、もそもそと中華そばをすする。


「……何で急に、貧血なんか気にしてんの」

「あ、それはですね! 実は――」


 そばの終了間際。ふいに尋ねられて、俺は意気込んでわけを話した。

 実は、気にしてくれていたらしい。一緒に、いろいろ真剣に考えてくれたんだ。

 で、アサリとココアとひじきを持ってくリストに追加して。


「先輩、あざっす」

「言っとくけど、ネットの情報だから。効果は保証しねえからな」


 そう言って、先輩はそっぽを向いた。ぶっきらぼうだけど、やっぱり優しいんだよなー。

 ホンワカしていると、ふいに入り口が騒がしくなる。


「何だろ?」

「……!」


 見てみれば、食堂に入ってきたのは海棠さんとイノリだった。

 また何かの告知かな? と思ったら、トレイを取って列に並んでた。普通に、ご飯食べにきたらしい。

 午前ぶりのイノリだ。眠そうな横顔を、目で追っかける。

 こっち見ないかなぁって思ってたら、イノリが振りむいた。

 ばっちり目があう。

 嬉しくなった俺は、「お疲れ」って口パクして、小さく手を振った。イノリは、ほんのちょっと目を丸くして、手を上げて――髪を耳にかけた。

 ふい、と視線をそらすと、すたこら歩いてった。


「ぷっ」


……さっきの、もしかして。手を振ろうとしてくれたんかなぁ。

 両手の中でくふくふ笑っていたら、なんか視線を感じた。

 そっち見て、ぎょっとする。

 海棠さんが、こっち見てんの。そらもう、レーザーみたいな感じで。睨まなくても怖い目ってあんだな。

 と、対面でガタっと椅子の揺れる音。

 片倉先輩が、真っ青な顔で立ち上がっていた。


「……吉村。トレイ片すの頼んでいいか。急用できた」

「あ、はい。任せてください」

「悪い」


 先輩は、椅子にかけていたジャケットを取ると、後ろも見ないで行ってしまう。

 人波に紛れてく細い背を見送っていると。

 海棠さんもまた、先輩を目で追っかけているのに気づいた。焼けつきそうな、何て言うんだろう。――すっげえ慕わしそうな目をしてる。

 あの二人ってさ。声そっくりだったし、やっぱ兄弟なのかな。

 先輩に聞いてないから、なんとも言えないけど。でも、名字違うし、デリケートな問題だったら聞いたら悪いしなあ。


「……ん?」


 トレイを片そうと、立ち上がったとき。

 先輩の座ってた椅子の下に、なにか落ちてるのに気づく。拾ってみたら、生徒手帳だった。


「先輩のかな?」


 ジャケット椅子にかけてたし、あり得るぞ。一応、持ち主を確認しようと手帳を開く。

 予想通り、先輩の顔写真と「片倉実波」の名前があった。

 それと、手帳のカバーの中に青いピアスが一つ挟まってた。

……先輩、ピアスなんかしてたっけ?

 とりあえず、早く渡さないとだ。手帳って、そう使わないけど貴重品であることに違いないし。

 ポケットにねじ込んで、トレイを二つ持つ。

 海棠さんは、もう立ってはなくて。遠くの席で、イノリと向かい合ってメシを食っていた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?