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第82話

「うおおお!」


 俺は、雄たけびをあげて佐賀先輩に突進した。襟を狙って、がむしゃらに腕を振り回す。

 が、俺の手はあっけなく裏拳ではじかれ、逆にはっしと袖を取られる。


「おらあっ!」


 ズダン! と力技で床に突き倒される。「ふぎゃ」と潰れた声を上げ、俺は腹ばいに寝そべった。


「はい、勝負あり」

「うぐぐ……! またやられた~」

「くくっ。甘えよ、吉村」


 マットを叩いて悔しがっていると、佐賀先輩に頭をぺちぺち叩かれる。

 くそう、完全に遊ばれてる!

 西浦先輩が笑いながら、「ドンマイ」って手を貸してくれる。立ち上がって枠外に避けると、入れ替わりに西浦先輩がマットに上がってった。


「じゃあ、おれが吉ちゃんの仇をとろうかな」

「は、返り討ちにしてやらぁ」

「西浦先輩、ファイト!」


 軽く肩を回しながら、佐賀先輩と対峙する西浦先輩。

 佐賀先輩は、好戦的に構えてる。俺は、完全に観客モードで声援を送る。

 宿題を終えた後、先輩たちと演習場に来ていた。場内大賑わいで、あっちこっちから気合声や、打撃音が聞こえてくる。

 ここは、魔法の使用は禁止されてるらしくって。修行するのは、シンプルに組手の技術みたいだった。

 先輩と組手したり、いろいろコツを教えてもらえるのって楽しいよな。

 俺は、演習場の使用期限の一時間がたつまで、目いっぱい満喫した。



「お疲れ、吉ちゃん。しんどくなかった?」

「いやいや、いい勉強になったっす」

「お前、後半ほとんどヤジ飛ばしてただけだろうが」

「そんなっ。黄色い声援じゃないっすか!」


 佐賀先輩は、そのマッスルさを裏切らず強くってさ。いつも優しい西浦先輩は、意外なことにさらに強い。

 二人が勝負すると、かなり激しいバトルが繰り広げられ、俺もかなり応援に熱が入っちまった。

 サッカーとかでもそうだけど、誰かのプレイ見るのってすっげえ刺激になるよな。俺も、ああいう風にやってみてー! って燃えてくる。


「俺も、筋トレとか増やそうかなあ」

「鍛えるなら、頭の方がいいんじゃねえの」

「佐賀! 吉ちゃん、また一緒にロードでも行こっか」

「うす! ご一緒させてください」


 のんびり話しながら、部屋に戻る。

 途中で、コンビニに寄ることになった。さっきの修業で、買い置きを飲みつくしちまったからさ。ついでに、明日の朝メシも見繕っとこうって話になって。

 で、店内に入ると、いつかのデジャブ。

 そこそこの賑わいの店内に、ひょこひょこ動く背中を発見した。赤いちゃんちゃんこを羽織った肩を、ポンと叩く。


「よ、森脇」

「あ、よ吉村くん」


 森脇は、ナタデココゼリーを両手に持って振り返った。

 聞けば、夜食を買いに来たらしい。ヨーグルトを買いに来たんだけど、ナタデココが売ってたから、どっちにするか迷ってたんだって。


「へー、好きなん? ナタデココ」

「う、うん。すっごい好きで!」

「確かにうまいよなー」


 えへへと笑い合っていると、項がピリッとする。

 バッと後ろを振り返っても、レジ前に生徒がわだかまってるだけで。誰もこっちを見ていなかった。


「よ、吉村くん?」

「ううん。何でもねえ」


 不思議そうな森脇に、笑って誤魔化した。また、気のせいだったのかな?


「おい、さっさとしろ吉村」

「あ、うす! じゃな、森脇」

「う、うん。おやすみ、吉村くん」


 気になったけど、先輩を待たせるわけにいかねえし。森脇とわかれて、買い物をすませた。


「西浦先輩、佐賀先輩、俺持ちますよ」

「は? たわけたこと言ってんじゃねえ」

「こら、佐賀。大丈夫だよ、ありがとう吉ちゃん」


 談笑しながら階段を降りていると、正面から生徒の集団と行き会った。

 ジャージを着てるから、演習場帰りかなぁ、なんて。のんきに考えてすれ違ったときだった。

 ドンッ。


「え」


 背中を押されて、グラッと体が傾いた。重い袋にふられて、宙に放り出されそうになる。


「吉村!」


 佐賀先輩に、力一杯引き寄せられた。ガッシリと太い腕が、俺の胴体を支えてくれている。ボスボス、とでっかい音がして。放り出しちまったペットボトルが、階段を転がり落ちてった。


「吉ちゃん、佐賀! 大丈夫?!」


 少し先を歩いていた西浦先輩が、血相を変えて階段を駆け上がってくる。俺は、こくこくと頷いた。

 さっき、勘違いじゃなく押された。

 佐賀先輩が助けてくんなかったら、まっさかさまだぞ。洒落にならんて!

 ぺたんと階段に座り込むと、心配そうに背をさすられる。


「くそッ。人を押しといて、無視かよ」


 佐賀先輩が、険しい顔で背後を振り返る。

 階段には、俺たち以外、人っ子一人いなかった。




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