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お泊り会だぜ!

第83話

 ゴツン、と背中に手すりが当たった。

 胸を手のひらで押さえつけられて、息が詰まる。


――いいか、最後の忠告だ。


 普通に喋れよなぁ! って言ってやりたいのに、声が出ない。

 あたりは、夕焼けで真っ赤だった。

 俺を押さえつける奴の顔は、陰になって見えない。ただ、口元が邪悪に笑んでいる。

 逃げ場はないか周囲を見回すけど、完全に囲まれてる。逃げてるうちに、追い込まれたみたいだ。


――桜沢くんから離れろ。お前は彼に相応しくない。


 低い声が、ざわざわと鼓膜を震わせる。

 余計なお世話だ。睨みつけると、周囲が気色ばんだのを感じた。

 顔を張り飛ばされる。――コンクリに赤い血が散る。

 狂ったように喚きながら、拳が振り下ろされる。

 視界がぐらぐら揺れて吐きそうだ。


――ふざけるな、お前なんかが……


 胸倉を掴まれて、体が手すりを越えた。

 狂騒のなか、俺は宙に放り出される。

 真っ赤な空に飲まれるように。

 俺は落ちていった。






「のわぁ!!」


 ゴン! とベッドの天井を蹴り上げた。

 痛ってえ! 足を抱えて、「あああ」と転げまわる。


「あつつ……なんなんだよ、もう~」


 ふうふうと息を吐きながら、俺はぼやいた。

 小指をさすって、体を起こすと時計を見る。時刻は、五時五十分。なんだよ、まだアラームも鳴ってねえじゃんか。

 あの、変な夢のせいだ。

 なんか、めっちゃ殴られたし。突き落とされたし。コンセプトが殺伐としすぎてねえ?

 昨夜、階段から落ちかけたから、変なイメージでも残ってたんかなぁ。


「だいいち、イノリに近づくなとか意味わかんねーしっ」


 ボフボフ、と枕をパンチする。

 まったく、なんつー縁起悪い夢見ちまったんだ。今日はせっかく、イノリとのお泊りの日なのにさ。

 すると、勢いよくカーテンが開かれて、ギクッとする。


「……おい、吉村ァ」

「あ、あわわ」


 佐賀先輩が、鬼みたいな形相で立っていて、俺はサーっと青ざめた。




 休みの日、ベッドを蹴られて目覚めたい人はそういないはずで。佐賀先輩に、それをやっちまった俺はすっげーヤバいと思ったんだけど。

 何故か、ちっとも怒られなかった。

 「寝ぼけてごめんなさい」つったら、先輩はため息ついてベッドに戻っちゃって。「あれ?」って拍子抜けしてたら、これまた起こしちまったらしい西浦先輩が、


「気にしないで、行っておいで。ホント、不器用なやつだよね」


 って、苦笑しながら言ったんだ。

 もしかして、怒ってないってことなんだろうか。とはいえ、二人を起こしてしまって、申し訳ないことに変わりはない。

 お詫びに、新発売のジュースを一本差し入れていくことにした。口に合ったらいいなー。

 それから着替えて、準備していた荷物を持って、部屋を出た。

 早朝だからか、廊下は静まり返ってて。人目を避けるのも楽ちんで、簡単に401号室についてしまう。

 そそくさと中に入って、ドアを閉めた。

 なんだか、味噌みたいな、いい匂いがする。


「イノリー、もう来てんの?」

「トキちゃん?」


 ぱたぱたと軽い足音を立てて、部屋の奥からイノリが現われた。

 目の前で、長い両腕がぱっと開いたと思うと、ぎゅっと正面から抱きつかれる。


「わぷっ!」

「トキちゃん、おはよー」 

「お、おはよう、イノリ。早いな」

「へへ。今日、すっげえ楽しみにしてたんだぁ」


 イノリは、嬉しそうにニッコリ笑う。

 間近に見あげた薄茶の目が、朝の光にきらきら光ってた。

 俺も、つられて笑顔になる。


「うん、俺も!」


 ぎゅっと背中に手を回した。ふんわり甘い香りに包まれて、ホッと息を吐く。

 学園に来てから、初めて過ごすイノリとの週末だもんな。

 何はともあれ、楽しまないとだ!



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