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第84話

「てか、なんかいい匂いしねえ?」

「へへ。見てのおたのしみー」


 楽しそうなイノリに背中を押されつつ、部屋の中に入る。

 と、テーブルの上に朝メシが並んでて、ホカホカ湯気をたてていた。


「すげー! どしたんこれ?」

「一緒に朝ごはん食べたくて。ちょっと張り切っちゃいました」


 目を真ん丸にしてると、イノリがちょっと照れくさそうに言う。俺は、胸いっぱいに嬉しさが溢れてきて、イノリの腕をぎゅっと握った。


「めっちゃうまそうっ。食おう! 今すぐ」

「ほんと? お味噌汁よそうねー」

「俺もなんか手伝う」

「ありがとー。じゃ、お椀はこんで?」

「おう!」


 それから、テーブルで向かい合って朝メシを食べた。


「味噌汁、うまっ」


 出汁が効いてて、五臓六腑に染み渡る~。

 てか、具沢山のお握りも、もやしの玉子とじも、ぜんぶ美味い。

 夢中でぱくついていると、イノリがニコニコして言う。


「お味噌汁、おかわりあるからね」

「ありがと! 俺、はんぺんの味噌汁って初めてだ。うまいんだなー」

「だよねぇ。俺はまっちゃって、もうこればっかだよ」

「お前はんぺん好きだもんな―」


 和やかに談笑しつつ、あっという間にメシを平らげてしまう。腹いっぱいになって、俺はふーと深く息を吐いた。


「うまかったー。ごちそうさま」

「はーい。お粗末さま」


 湯気の立つお茶まで出てきて、いたれりつくせりだ。

 せめて、片づけくらいはさせてもらおう、と思いつつ。俺は、イノリに気になってたことをたずねた。


「いやぁ、しかしびっくりしたわ。お前、いつのまに料理に目覚めてたん?」


 お泊りっつーと、俺と二人でてんやものばっか食べていたというのに。イケメンで料理ができるとか、ますますモテてしまうだろ。

 イノリは、お茶を冷ましながら、おっとりと答えた。


「んー、そうだなぁ。こっち来てからだよ。ほら、一人メシが増えたから」

「……あ、だよな」


 思わずトーンダウンすると、笑って手を振られる。


「ちょ、深刻な話じゃないよ? そんで、同じもんばっか食べてたら、会長に「不健康だから自炊しろ」って、言われてさぁ。思い立って、ちょいちょい作るようになったんだ」

「おお。えらいなあ」

「ときどきだから、大したことないよー。食堂も行くしさ」


 しみじみ感心して言うと、イノリはちょっとはにかんだ。

 いや、マジで凄いって。俺なんか、まず作ってみようと思わねえもんな。

 あと意外に、八千草先輩って面倒見良いんだって、驚いた。すげえ俺様っぽく見えるけど、良い先輩なら良かったなイノリ……。


「その感じだと、生徒会ってみんな自炊してんの?」

「ううん? 俺だけだよ」

「えっ、会長は?! してねえの?」


 言い出しっぺなのに?! イノリは唇に指を当てて、首を傾ける。


「なんかねぇ、「遊び友達」からお弁当もらうからいいんだってー」

「へえ!」

「日替わりで、毎日違う人が持ってきてるんだよー」

「おお……」


 す、すげえな。日替わり弁当って、慕われ方が半端ないじゃん。

 ぽかんとしてると、イノリに面白そうに頬を突っつかれた。


「さては、トキちゃん。意味わかってないだろ」

「へ、何が?」

「んーん。トキちゃんはそのままでいてねー」

「おう?」


 よくわかんねえまま頷くと、イノリは満足そうに笑ってた。

 何なんだ?




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