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第94話

 そういえば、こんな怪談あったよな。

 夜中、「寝苦しいなあ」って目が覚めたら、胸の上に無表情のバーさんが乗ってるってやつ。

 で、意外に物知りなガッチャンは言うわけ。


「トキ、あれってカナシバリのことだぜ! 半分寝てっから、すげー強く思い浮かべたもんが見えんだってよ、すごくねぇ?」


 ガッチャン、絶対美女の夢見るぜって張り切ってたな。

 って、遠い親友との会話を回想していると。




――ドスっ!


「いだっ」


 頭を掴まれて、ベッドマットに押し付けられた。

 うおー、やっぱり現実だよぉ! 

 依然、胸の上には白髪の男が馬乗りだ。思いっきり体重をかけられてて、息が吸いにくい。

 白髪男は舌打ちして、俺の顎を鷲掴みにする。


「ひと様の部屋でなにしとった、言うてんねん!」

「うぎゅ!」


 ぎりっと顎を締め上げられて呻く。痛ってえ! アゴ外れたらどうしてくれんだっ。

 きっと睨み上げる。

 男は片頬をぴくっとひきつらせたかと思うと、右の拳を振り上げた。

――殴られる!

 しかし、肩をすくめた俺の目前で男の拳がボッ、と発火する。


「でええ?!」


 口があんぐり開く。

 ウソ、手から火が出てやんの……。

 呆けてる間に燃える拳が振り下ろされる。


「わああっ」


 叫びながら手をかざした。――そのとき。


 パンッ!


「!」

「えっ?!」


 何か弾けるような音がして、目を見開く。

 すると、右手首――正確に言うとブレスレットが銀色の光を放っている。光は俺を包むみたいに放出して、白髪男の手をはねのけた。

 白髪男は息を飲み、一歩後じさった。俺は呆然としながら、ブレスレットを手で包む。


――お守り代わりにつけて♡


「須々木先輩……!」


 なんかよくわかんねえけど、ありがとうございますっ!

 今のうちに、逃げる!

 ベッドから跳ね起きて、俺は男の脇をすり抜けた。座布団を蹴飛ばして、ドアを目指す。

 しかし。


「うっ!?」


 襟首を掴まれて、引き倒された。背中をしたたかに床に打ち付けて、一瞬息が止まる。

 咳き込んでると、白髪男が肩を裸足で踏みにじってきた。


「がふっ」

「このメス犬が、ブッころしたる……!」


 ゆら、と男の体の周りにかげろうが見えた。踏まれた肩が、無茶苦茶熱い。ジリ、とTシャツの繊維が焦げる、嫌なにおいがする。

 白髪の隙間から、真っ赤な目がぎらついていた。


「うう……やめろ、はなせよー!」


 恐怖にかられて、叫んだ。

 突然、ブンと風を切って何かが頭上を猛スピードで通り抜ける。白髪男は、燃える拳を横に鋭く薙いだ。


 バシャッ!


「おわ!」


 いきなり大量に水が降ってきた。白髪男も驚いたようで、腕で顔をしきりに拭っている。


「トキちゃんから離れろッ!」


 鋭い怒声が、空気を裂く。

 イノリ!?

 俺は目を見開いた。

 高く跳躍したイノリが、白髪男に拳を振り上げていた。真っすぐ突き出されたイノリの拳から、ゴオッ! と突風が巻き起こる。


 ガシャン!


 突風は男を、勉強机を、窓を二枚――枠ごと吹っ飛ばし、夜空に突き抜けた。

 イノリは、トン、と身軽に着地する。

 びゅうう、と開放的になった窓から、夜風が吹き込んできた。


「え、強……」


 あっけにとられていると、イノリがガバッと振り返った。


「トキちゃんっ! 怪我は?!」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 泣きそうな顔で俺を助け起こすと、あちこちぺたぺた触って無事を確かめる。俺は、慌てて押しとどめた。


「ごめんね、ごめんね……! 助けに来るのが遅くなって」

「何言ってんだよ、マジ助かったし! もう命の恩人だからな、お前!」

「そんなことない――ああっ、火傷が」


 俺の襟を引っぱったイノリが、憤怒の表情になる。ギンと鬼の形相で、窓(のあった部分)を睨みつけた。


「松代! てめぇ、トキちゃんに何てことすんだよ!」

「えっ」


 振り返って、ぎょっとする。白髪男が――ぐしょ濡れではあるものの、けろっとしてそこに立っていた。――無傷って!

 ふらっとダルそうに頭を揺らして、こっちに歩いてくる。

 この白髪男、そういえば書記の松代ってやつだ。氷室さんの腕焼いたやつ――そう思いだして、改めてぞっとする。


「しるか。ジャマするんやったら、おまえもころすぞ」

「ふざけろ。てめえこそ、俺の友達傷つけてタダで済むと思うな」


 イノリが、俺を背に庇って前に進み出る。白髪男――松代は鼻で笑うと、腕を一振りした。シュウッ、と音を立てて、水分が全部蒸発する。

 二人は、一触即発で睨み合った。

 まずい、止めねえと……!


「イ、イノリ! 駄目だ――」

「お前、何してんねん」


 背中に飛びつこうとしたとき、静かな声が割って入った。

 振り返ると、開きっぱなしの入り口に須々木先輩が立っている。


「秋吾。何してんねん言うてるやろ」

「り、りょーさん……!」


 須々木先輩に尋ねられ、松代がぎくりと固まった。はくはくと口を何度も開け閉めして、動揺丸出しだ。

 なんだなんだ? 固唾を飲んでいると、先輩はツカツカと松代に歩み寄る。

 そして。


 パン! 


 須々木先輩は、松代の頬にすさまじい張り手を食らわした。





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