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第95話

「あっ!」


 小さく叫んで、松代が横ざまにドタッと倒れ込んだ。

 須々木先輩は、腰に手を当てて、厳しい声で言う。


「ぼく、言うたよな? 友達に貸すから、絶対この部屋入んなって。どういうつもりや」


 すると、打たれた頬を押さえて、松代はわめいた。


「だ、だって、おかしいやんかぁ! なんで、りょーさんがこいつに部屋貸すん? おれでも自由に入れてくれへんのに!」

「はあ? ぼくの部屋をどうしようが、ぼくの勝手やろ。お前につべこべ言われたないわ」

「……ひどい!」


 やいやい言い合っている二人に、俺はポカンとする。


「トキちゃん、大丈夫?」


 と、イノリが肩に濡れタオルを当ててくれた。ひんやりして、じくじくした痛みがひく。


「ありがとう」


 心配そうなイノリに笑いかけると、そっと引き寄せられた。甘い香りを吸い込んで、ほっと和む。

 イノリは、真剣な声で先輩に尋ねた。


「先輩。なんでトキちゃんのピンチがわかったんすか?」

「ああ、それな。吉村くん、渡したブレスレット壊れたやろ?」

「あっはい」


 ブレスレットは光が消えた後、ひびが入って割れちまったんだ。

 右手を掲げると、先輩は頷いた。


「もし壊れたら、ぼくに分かるようにしてあってん。ここんとこ物騒なことも多いから。勝手にごめんな?」

「いえ! マジ助かりました。ありがとうございますっ」


 これがなかったら、俺は丸焦げになってたかもしんない。深々と頭を下げると、イノリも「あざす」って頭を下げた。

 須々木先輩は、ホッとしたように笑う。


「ほら、松代。お前も謝れ」

「はあ? なんでおれが」

「なんでやない! 吉村くんと桜沢に悪いと思わへんのか」

「しらん! りょーさんが悪いんや、おれを放ったらかすから!」


 そう叫ぶと、ダン! と拳で床をブッ叩く。

 逆切れの手本みたいな松代のふるまいに、須々木先輩の米神に青筋が浮かんだ。


「何やお前」

「……」

「ひとの友達に無礼して、部屋めちゃくちゃにして。お前それでも、自分は悪ない言うんか?」

「あ、ちが」

「もうええ」


 うんざりした声で言うと、先輩は松代に背を向けた。

 愕然とした顔で、「あ……あ……」と呻く松代。冗談にも、「おっカオナシだ!」とふざけらんないくらい、打ちのめされている。


「ごめんな、二人とも。騒がせて」

「あ、いやその」


 しかし先輩は完全にスルーしていて、逆にこっちがおろおろしてしまう。

 と、いきなり松代が先輩に飛びついた。


「りょーさん! いやや、いやや、捨てんといてえぇ!」

「はあ?! 人聞き悪いこと言うな!」


 真っ赤な目から、どばどばと涙が溢れている。

 ご、号泣だよ。

 先輩が引き剥がそうとすればするほど、全身でしがみついている。

 見ちゃ悪いと思いつつ、目が釘付けになる。

 なんか、貫一とおみやみたいだな、この格好……。いや、不謹慎だよな! そもそも痴話げんかじゃねえし。


「お前とは、とっくのとーに終わっとるやろ!」

「そんなん、りょーさんが言うてるだけやないか! おれはまだめっちゃ好きやもん!」


 ち、痴話げんかだったー!

 思わずイノリを振り返ると、神妙な顔で頷かれる。


「まえ、付き合ってたんだって」

「マジか」


 ちょっとびっくりした。そ、そうなんだ……。

 ぎゃあぎゃあ揉めている二人を眺めてたら、イノリに軽く手を引かれる。


「ん? どうした」

「ううん。何も……」


 イノリの横顔が、ちょっと暗くみえた。

 どうしたんだろう。

 ちょっと不安になって、口を開きかけたとき。


「――すまないが、そろそろ聴取をしていいだろうか。風紀としては、この惨状を報告しなければならないもんで」


 また新しい声が、その場に響く。

 全員で振り返ると、入り口に複雑そうな顔の白井さんが立っていた。遅い時間なのに、制服といつもの腕章を装備している。

 もう一人、ドアの陰から二見が現われた。こっちは、素っ頓狂な柄のパジャマを着て、手に腕章をぶら下げている。

 あくびを噛み殺しながら、二見は言った。


「一般生徒の人払いは済ませましたけど、もうちょい音量落としてくださいねー。一応、みんな寝てる時間なんで」


 二見の言葉に、アッと思う。そりゃ、あんだけ騒いでればみんな気づくよな。

 すると、二見が俺ににまっと笑いかけて、声を出さずに喋りかける。


――やっぱ、トラブルメーカーじゃん!


 うう、否定できねえ。

 肩を落とした俺を、イノリが不思議そうに見ていた。





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