「はい、これでいいね」
田野先生が、ぽんと肩を叩く。俺は服を着こんで、頭を下げた。
「ありがとうございます。すんません、こんな遅くに」
「いいんですよ。塗り薬、一日三度忘れず塗るようにね」
そう言って、にこにこ笑う田野先生はパジャマ姿だった。たぶん起こしちゃったのに、先生やさしいな。もういちどお礼を言って、薬を貰って医務室を出た。
「吉村くん、どうだった」
ドアの横に白井さんが待ってくれていた。俺は駆け寄って、ぺこりと頭を下げる。
「大したことないそうです。待っててもらって、ありがとうございました」
「そうか、よかった」
並んで、暗い廊下を歩く。
イノリ達は、もう風紀室で聴取をしているんだって。俺は怪我してたから、聴取は明日になったんだ。
「このまま、君の部屋に送るよ」
「えっ。……あの、すんません。401に戻っちゃいけないですか?」
須々木先輩のお部屋、むちゃくちゃのまま来ちまったから。窓は無理でも、片づけくらいはしたかった。
白井さんは、困った顔をした。
「すまないが、それは無理だ。風紀の調査のために、すでに一般生徒は立ち入り禁止になっているはずだから」
「そうなんですか……」
俺はしょんぼりと肩を落とす。あれだけお世話になったのに、散らかしっぱなしで出てきちまうなんて。マジ申し訳ないぜ。
と、白井さんは、慌てたように両手を広げた。
「ああ、君の荷物は、さきに真帆がまとめて届けたはずだよ。安心してくれ」
「あっすんません。何から何まで」
「構わないよ。それが俺たちの仕事だからね」
ペコっと頭を下げると、白井さんは爽やかに手を振った。二見にもお礼言わなきゃ。俺、大荷物だったから大変だったと思う。
そう言うと、「届けたら寝ていいって言ったら大喜びだったから、気にしなくていい」って笑っていた。そういや二見、パジャマだったもんな。悪かった。
白井さんは俺を送ったあと、聴取のために風紀室に戻るらしい。
俺は、どうしても気になったことを聞いてみる。
「あの、今回のことって、どういう騒ぎになっちゃうんでしょうか」
「どういう騒ぎ?」
「えっと、誰かが悪い――みたいな」
部屋を壊したことって、問題になるのかな。でもあれは、俺が絡まれてて、それを助けようとしてくれたことで、イノリは一個も悪くない。
そう言うと、白井さんは頷いた。
「何が問題になるかはわからない。ただ、そういうことをハッキリさせるための聴取だからね。勿論、君の意見も参考にするから、桜沢くんのことは大丈夫じゃないかと思う」
「そうですか。よかったぁ」
ホッと胸を撫でおろす。
「……桜沢くんのことが、大切なんだな」
「えっ」
ふいに、ぽつりと言われて隣を見上げた。
「いや……自分を怪我させたものの処遇より、先に彼の心配をするんだな、と」
「あ、その。俺はイノリに助けてもらって平気だし。やっぱ幼馴染だから」
へどもど口にすると、白井さんはほほ笑んだ。
「なんか、わかるよ」
「ホントっすか! あ、白井さんも幼馴染いらっしゃるんすか?」
「うん。大切だったなあ」
懐かしむような目で、白井さんは言った。なんとなく、話しかけるのをためらうような雰囲気だった。
俺は、黙って歩いた。
「じゃあ、お休み」
「ありがとうございました」
部屋の前に着いて、深々と頭を下げる。
「明日の昼休みに、第三風紀室に来てほしい」
「はい、わかりました」
白井さんは踵を返しかけて、振り向いた。
「今回のことは、真帆が人払いをしたといっていたから。誰かに見られてはいないと思う。けれど、一応用心してくれ」
「あ。――ありがとうございますっ。気をつけます」
白井さんは、今度こそ行ってしまった。俺は、その背中が見えなくなるまで見送って、部屋に入った。