当たり前なんだけど、部屋の中は暗かった。
ベッドは二つともカーテンが閉まってて、開いているのは俺のベッドだけ。その前に、まん丸いリュックが置かれてた。
荷物の整理は明日にして、ベッドにもぐりこむ。
お泊り最終日に、こんなハプニングが起こるとは思わなかったな。イノリも須々木先輩も、俺の事情で巻き込んじゃって申し訳ないぜ……。
明日の聴取、ちゃんと説明しねえとな。
そう決意して目を閉じた。
また、夢を見た。
パチパチ、なにかはぜる音がする。
うっすら目を開けると、真っ赤な夕焼けが見えた。俺は父さんの背中に負ぶわれて、右手を小さなイノリと繋いでいる。
「もう行くわよ、勇二」
おばさんが急かすように言う。
その手に何故か、めらめらと火が纏わりついている。さっきから、パチパチいってるのはこれらしい。
小さな家は、雨戸まで閉め切られていて、みんなの足元には旅行カバンがあった。
「ごめんよ。……ただ、時生は眠ったままだから、かわいそうで」
「でも、仕方ないわ」
悲しそうな父さんに、母ちゃんが応じた。
――行くって、どこへ?
聞きたいんだけど、骨が抜けたみてえに体が動かない。
目も開けてられなくて、閉じてしまう。
と、繋いだ手にぎゅっと力がこめられた。
「もう、かえってこないの?」
イノリが不安そうに尋ねる。
するとおじさんが、穏やかに答えた。
「いいえ、いつか――ふたりが魔法使いになったら。みんなで帰ってきましょうね」
――ピピピピ。
甲高い目覚ましの音で、目が覚めた。
夢をひきずって、しばらくめっぽう寂しかった。
冷たい水で顔を洗うと、気分がさっぱりする。
「おおっ?」
鏡に映る目は、真っ黒になっていた。
きっと、「火」を起こしてもらって四元素そろったからだ。イノリの言う通り、完全に安定したってことなんだろう。
このぶんじゃ、今日から眼鏡をしなくていいかもしれん。
俺は、鼻歌を歌いながら、洗面所を出た。
すると、西浦先輩とドアの前でバッタリ出会う。
「あっ、おはようございます! お先でした」
「おはよう、吉ちゃん」
慌てて避けると、ニコっと頷いて先輩は中に入ってった。
その笑顔に「あれっ?」と思う。なんだか、ちょっと元気がないような。
ちょっとして、水をドドドと出す音がした。
「吉ちゃん、夜に帰ってきたんだね」
「あ、はい! ちょっとハプニングがあって」
「そうなの。大丈夫だった?」
「うすっ。いろいろあったすけど、魔力も起こしてもらって――」
ドアを隔てて喋っていると、背後でシャッ! とカーテンの開く音がした。
佐賀先輩が、のっそりとベッドから降りてくる。
「佐賀先輩、おはようございます!」
「おう」
いつにもましてぶっきらぼうな声に「おろ?」と思う。なにげ、眉間の皺もさらに深い気がする。
佐賀先輩は勢いよくTシャツを脱ぎ、制服を着こんでいく。
おろおろ見守るうちに、先輩は鞄を肩にかつぐように持つと、ドアに向かってのしのしと歩きだしてしまう。
「え。もう行っちゃうんすか?」
「まァな」
先輩は振り返りもせず、バタンと戸を閉めて行っちまった。
「え、ええ~?」
どうしたんだ! めっちゃ機嫌悪いじゃねえか。
いや、先輩はいつも怒ってるみたいだけどさ。ほんとに怒ってることって実は少ない人なんだ。
でも、さっきのはマジで怒ってるってわかったぜ。
「なんでだろ。お、俺なんかしたかな? あっ、昨日遅くに帰ってきてうるさかったとか……」
「違うよ」
うろたえて、部屋の中をウロウロしていると、固い声で否定される。
西浦先輩が、暗い顔で洗面所から出てきた。
「えっ、でも」
「吉ちゃんは悪くないよ。……おれのせいだから」
暗い声でそう言われて、俺は目を見開いた。
反射で、「いや、そんな……」ってバカみたいな返事しちまって。自分でも嫌になったけど、先輩があんまり辛そうで、他に言葉が出てこなかった。
西浦先輩は、それっきり無言で身支度をし始める。
俺も、もそもそとジャージに着替えながら、首を傾げた。
先輩たち、最近仲良さそうだったのに、何があったんだろう?
いつもの喧嘩かもしんねえけどさ。でも、西浦先輩に絡まない佐賀先輩って、初めてだし――こんなに堪えてる西浦先輩も初めてで。
なんとなく、不安になった。