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第72話 いざ新学期

 晴れだ。

 開いたドアの向こう、澄み渡る青空を見上げて、隼人は笑った。汗ばむほど暑いのに、もう空は秋の気風も漂わせている。


「行ってきまーす!」


 隼人は地面を蹴って、勢いよく家を飛び出した。のりのきいた制服が、ぴんと隼人の気持ちを鼓舞した。

 いつもの時間、いつもの通学路をゆくと、だんだんと気持ちが、学校生活のそれへと整っていく。どきどきと自然高鳴る胸を、深呼吸で落ち着ける。大丈夫。大丈夫だ。


 校門に、高い背が立っているのが見えた。夏休みの間、何度も見つけた背が、自分を待っていた。


「龍堂くん!」


 いつものように、隼人は駆け寄った。龍堂は顔をあげると、「おはよう、中条」と笑った。隼人も、「おはよう」と返す。それから少し、感慨深げに見上げ、黙り込む。

 こうして見上げるのも、久しぶりだ。どれくらい会えていなかったんだろう。十日以上?もっとあえてなかったように思えた。

 ――久しぶり、かあ。

 そこまで考えて、隼人はくすぐったくなる。一学期の最初は、ずっと、音楽の授業を楽しみにしていたのに。すごく嬉しかった。

 隼人は胸がいっぱいで、すこしはにかんでしまう。龍堂は「どうした?」とじっと隼人の顔を覗き込んだ。隼人は「へへ」と笑う。気持ちがあふれて、言葉にならない。


「なんでもない。ひさしぶりだから、なんだか照れちゃって」

「そうなのか?へんな中条」

「へへ……制服も久しぶりだね」


 制服姿も、なんだか懐かしいなんて贅沢だ。制服姿も、やっぱりかっこよかった。

 隼人は、龍堂を見上げて笑う。

 龍堂のまっすぐな目は、隼人が見つめるより早く、じっと隼人を映していた。龍堂の目が、やわらかに細められる。


「中条こそ、似合ってるな」

「えっ」

「楽しみにしてたけど、想像以上」

「本当?嬉しい……!」


 隼人は顔を輝かせた。

 身丈に合わせて新調してもらった制服も。新しい髪形も。なじむように毎日、鏡とお友達だった。今日は一段と気合いをいれて、鏡を見てきたと思う。


「ありがとう。俺、龍堂くんに見てもらいたかったんだ」

「ぼくに?」

「うん。すごく会いたかった」


 アメリカだって、空が飛べるなら会いに行きたかったくらい。こうして変わった自分を、一番に龍堂に見せることができて、嬉しい。口元を両手でおおって、幸せをかみしめる。龍堂は、ふ、と笑みをこぼした。


「ぼくもだよ。ずっと中条に会いたかった」

「本当?」

「嘘なんかつくもんか。どれだけお前が恋しかったか、聞きたい?」


 いたずらっぽく肩を抱かれて、じっと見つめられた。きれいな瞳に、隼人は、かーっと頬が熱くなった。聞きたい、と言いたいところだが、言葉が出ない。嬉しくて。

 ただ、顔を赤くして、にこにこ笑うと、龍堂も笑っている。龍堂の手が、優しい力で隼人を支えてくれる。ふたりはしばし見つめあう。隼人は、龍堂の手に、自分の手を重ねた。心の中に、勇敢な気持ちがわいてきた。

 怖くない。俺は、大丈夫だ。


「行こう!」

「ああ」


 そして隼人は。

 龍堂と、二人で、校門をくぐったのだった。


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