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第84話 嘘と告白

 どよめきが起こった。


「えっ?」

「フジタカが、まさか……」


 ケンやマオ、ヒロイさんたちも、信じられないという顔で、オージを見た。

 隼人も驚いていた。藤貴くんだったのか。マリヤさんは続ける。その顔は冷笑さえ浮かべていた。


「私が、隼人くんのカバンあずかってるのをいいことに、隼人くんのカバン漁って、広めたんだよね」

「え……」


 これには、隼人が絶句した。放課後、マリヤさんにカバンを預けたことを思い出す。そうか。その時に……隼人は、うなだれた。何だろう。気持ちの整理がうまくつかなかった。心臓の鼓動が、大きく速くなる。龍堂が、そっと隼人の背を支えた。


「私は嫌だったのに。無理に言うこと聞かされて、つらかった」


 マリヤさんは、目に涙を浮かべる。笑みをかたどった唇は、震えていた。震える声を、張り上げて「さっき、」と続ける。


「ユーヤ君、『こんなことになったのは、ぜんぶオージのせいだ』って言ってたよね。二人で、計画してのことだったんでしょ?」


 ユーヤが、「え」と顔を上げる。事態を飲み込めない顔で、オージとマリヤを見た。


「それで、ユーヤ君をしっぽ切りしたんでしょ?そして、そのとき私も切られたの。全部の罪を、私になすりつけるために」


 また、どよめきが上がる。オージの顔は、蒼白だった。しかし、厳しい目で、マリヤをにらみつけていた。マリヤさんが、「ゆるさない」と言った。


「成績もよくない、友達もいない私の言うことなんて、誰も信じないって。オージ君、言ったよね」

「……阿部」

「あまりなめないで。私はオージ君が思うより、バカじゃない。ちゃんとわかってるし、皆が皆、オージ君の味方、するわけじゃない」


 マリヤさんは隼人に向き直る。にこ、といつもの笑みを浮かべた。


「ね、隼人くん」


 しん、と辺りが水を打ったように静かになる。皆、オージの言葉か、隼人の言葉か――とにかく、この場を進展させるものを、皆、望んでいた。


「阿部、一個だけいい?」


 その時。ヒロイさんが声を上げた。ヒロイさんは、どこか釈然としない顔で髪をいじり、マリヤさんを見ていた。


「フジタカのことはわかんないんだけど。なんで『隼人くん』なの?」


 マリヤさんは、一瞬、きょとんとして、それから「あっ」と口元をおさえた。ヒロイさんは、その様子に目を眇めて、「あのさ」と言った。


「もしかして、中条と友達だったりした?」

「ち……違うの。中学の時、同じクラスだっただけで……」


 隼人はその言葉に、またもうなだれた。悲しいというより、胸に重いものを押し付けられた気持ちだった。龍堂の、隼人を支える手に、力が込められた。その時、周囲から、「あの」と声が上がる。


「私、見たけど。よく、放課後ふたりで話してたよね」

「あ、私も」

「えー、何それ!」

「浮気ってこと?」


 口々に上がる声に、隼人がとっさに庇おうとしたとき――マリヤさんが、「違う!」と声を上げた。


「隼人くんに、付きまとわれてただけで……」


 隼人は、開いた口のまま、固まった。衝撃を受けすぎると、思考は停止する。隼人は、否定したいのに、声が出なかった。ユーヤが、「テメー!」と隼人に怒鳴る。


「リュードーだけじゃなくてっマリヤにまでストーカーしてたのかッ⁉」

「ち、違う!ただ、相談に乗ってただけで……」

「嘘つくなっ!マリヤの尻だけ追っかけてろッ!この変態!」


 あまりのことに、涙が出てきた。その時、龍堂が「いい加減にしてくれ」と言った。


「中条への侮辱は許さないと言ったはずだ」

「リュードー!」

「阿部さん、だっけ。君の言ってることは無茶苦茶だな。どうしてつきまとってくる中条を名前で呼んで、頼るんだ?」


 マリヤさんの顔が真っ赤になった。「それは、そういうことも……」と口ごもる。ヒロイさんが、「いや、わかってるっしょ」と半目で言った。


「阿部ちゃんさ。嘘つくなら設定ちゃんとしよ?」

「嘘じゃないの!」

「どこが嘘じゃないの?フジタカがアンタをはめたってとこ?それとも中条にストーカーされてたってとこ?ほんとのことだけ話してよ」

「それはっ」


 ヒロイさんは指折り数える。


「最初が本当なら、アンタは友達の中条裏切ってフジタカとはめた奴だし、後のが本当ならフジタカがノート貼ったのアンタのためってことになるよ。そもそもフジタカがノート貼ってないなら、ノート貼ったのアンタってことにならない?でないと振られた腹いせとかさ」

「違うの!本当にオージ君が……!」

「なら、本当のこと言ってよ。どれがまし?どっちにしても、中条の悪口、言いまくっといて『隼人くん』はないわ」

「だから、付きまとわれて……!」

「本当のこと、言ってよ」


 ヒロイさんの声が、目が、じっとマリヤさんを突き刺した。マリヤさんは、「ちがう……!」と叫んで、耳をふさいだ。


「どうして、私が悪いって決めつけるのっ……⁉私の成績が悪いから⁉友達が、いないから……⁉」


 ぽろぽろと涙をこぼす。余りに悲し気で痛々しい様子に、皆、黙り込んだ。悲しい嗚咽が、辺りに響く。マリヤさんは「ひどいよ」と言った。隼人を涙にぬれた目で、一瞥する。その目は、さすように鋭かった。


「わたし、ひとりでずっと悩んで、本当に、つらかったのに……」

「もういい」


 オージの声が、静かに響いた。皆、助けを求めるように、オージを見た。


「俺がやった。ユーヤを守るために」

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