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第88話 それから

 それから――また、日常が、始まりだした。


「おはよー中条」

「おはよう!」


 ケンやマオ、ヒロイさんたちとは、時々話す仲になった。特にケンとはよく話すので、隼人はマオやヒロイさんたちのことに詳しくなっていた。


「マリヤちゃん、おはよう」

「うん……」


 マリヤさんは、あの時、駆け寄ってきてくれた子たちのグループに入ったみたいだ。龍堂やケンたちは、「勝手だ」と怒った。隼人にはそれで、十分だった。


「フジタカ~。宿題教えてよ」

「これくらい、公式見てとけるだろ。授業聞いてたか?」

「は~そういうこと言うし!鼻高すぎ!」


 オージは、ケンやマオ、ヒロイさんたちのグループに本格的に入った。よく言い合いをしているが、オージの言葉や表情は以前よりずっと、くだけていて、安心しているように見えた。

 時々、隼人が一人でいると、オージは静かに話しかけてくる。それは、とりとめもない、穏やかな会話で。オージが今、彼らといて楽しいのだとわかった。


 そして、ユーヤは。


「ケン~!俺にも教えて!」

「おまえ、全部って!絶対やるの忘れただろこれ」


 ケンとあらためて友達になり、グループに戻った。「てへへ」と笑うユーヤに、マオとヒロイさんが呆れ声を上げる。


「ユーヤ、さすがになめすぎ!」

「働かざる者食うべからず~でしょ」


 マオとヒロイさんの二人は、気持ちを都度、小出しにするようにしたらしい。以前より、いい距離感で付き合えているようだ。ユーヤは「むー」と唇をとがらせる。ケンに促され、しぶしぶ「お願いします」と頼んだ。ケンが教えている間、マオがオージに声をかける。

 袂をわかったオージとユーヤだが、お互いに、適切な距離感を保っている。グループというものの力を感じて眩しい。


「ナカジョー!」


 ユーヤに呼ばれて、振り返る。ユーヤがテキストを持って、「お前だって、問三とけてねーよなっ?」と声を上げる。隼人は、「解いたよ!」と返す。「はあ~?」と言うユーヤを、ヒロイさんがからかう。

 隼人は、新学期の次の日のことを思い出す。


『ナカジョー』


 心配そうな両親に、送られてきたユーヤ。ケンと挨拶を済ませると、硬い顔で、隼人のところへ歩いてきた。唇を真一文字に結んだユーヤと、隼人は見つめあった。


『ごめん』


 そう言って、ダッシュで去っていった。ケンに「おい、言い逃げするな」と言われ、もう一度、隼人のところへやってきた。隼人はぽかんとしていた。ユーヤは、ばつが悪そうに、目を泳がせて、ぼつぼつと言葉を続けた。


『リュードーにも、謝る』

『一ノ瀬くん』

『だから、ごめん。……その、いろいろ』


 顔を真っ赤にして、一生懸命に謝るユーヤに、隼人は胸が温かくなった。「いいよ」と笑った。

 ユーヤは安心したみたいで、ぱっと顔を明るくした。その笑顔は、眩しかった。

 そして二人は、握手を交わしたのだった。


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