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時をさかのぼり2

「キズク、警報が……どうしたんだ?」


 警報を聞きつけたサモンが再び屋上に上がってきた。

 泣き崩れるキズクを見てサモンが心配したように駆け寄る。


「サモンさん……俺は間違いを犯してしまっていた……」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げてキズクはサモンの腕を掴んだ。


「勝手に裏切られたと思って……勝手に何もないんだと思い込んで……何もかも見ようとしなかった!」


「落ち着け……どうしたんだ?」


「大きな過ちを犯したんです……決して取り戻すことのできない。……待ってくれ……行かないでくれ……リッカ……ごめん…………」


 胸に広がる感情の半分が消えていく。

 自分のものではない感情が薄れていく感覚をキズクはどうしようもなくて、心の中で何度も謝罪の言葉を繰り返す。


「……朝メシでも食おう」


 サモンはキズクの背中を軽く撫でて慰める。

 何があったのかは分からないけれど、何かがあったことは分かる。


 サモンはふとシェルターの中心の方を見た。

 シェルターとなっている町のはるか向こうに巨大なモンスターの姿があった。


 サモンは察した。

 人類は負けたのだと。


 モンスター飼育係だったサモンは少し前にモンスターを連れて行かれたことを知っている。

 倒そうとしていたはずのモンスターが今シェルターに向かってきていて、けたたましくサイレンが鳴り続けている。


 仕方なく送り出したモンスターたちは全滅したのだろう、と考えるより他にはなかった。

 地下に隠れようとも逃げられないだろう。


 ならば朝食ぐらい食べてもバチは当たらない。


「待ってください……俺はやることがあるんです」


「そんな状態で何するってんだ?」


「あの子たちにごはんをあげて……逃がしてあげようかと」


「……そうか。朝メシが冷めないうちにやってこい」


 キズクもすでに人類の敗北を感じ取っていた。

 涙を拭うことすらなくフラフラと歩いて建物を出ていく。


 キズクが建物を出て近くにあった柵の中に入る。

 するとモンスターたちが寄ってきた。


 モンスターというが気性はおとなしく、犬や猫、鳥や馬など動物にも近い姿をした優しい生き物たちだった。

 キズクはモンスターたちがキズクの顔を見て心配するような素振りを浮かべていることにも気づかない。


 柵の中にある小屋に入って冷蔵庫から特別な時にしか出さない良いエサを取り出し、餌箱に入れて外に出す。


「みんな食べて……どうしたの?」


 いつもならエサにがっつくはずなのにモンスターたちはエサに口をつけない。

 そのうち食べるとキズクはそのまま壁のほうに向かう。


 涙が乾いてきて、顔が少し気持ち悪いと思った。


「よいしょ……」


 モンスターの飼育地には、モンスターを放牧したり新たなモンスターを連れてくるため外への出入り口が設けられていた。

 普段は厳重に閉じられている出入り口をキズクは開け放つ。


「みんな……もう自由だ」


 振り返るとモンスターたちは全てキズクの後を追いかけてきていた。


「どうして……どうしてエサも食べないし、外に行かないんだ!」


 何かあれば逃げ出そうとするヤンチャなモンスターも、普段は食い意地が張っているようなモンスターも、全てキズクの前から動かない。


「ここはもうすぐヤバいモンスターに襲われる! だからお前たちだけでも逃げるんだ!」


 頭にツノが生えた馬のようなモンスターがツノが当たらないように気をつけながら鼻先でキズクの体を押した。

 それは壁の外への出入り口の方向へ、だった。


「俺は行けないんだ。謝らなきゃいけない相手がいる」


 モンスターの意図を察したキズクは悲しげな顔をして首を振った。


「謝らなきゃいけないアイツは先に逝ってしまった……それに俺だけ逃げて生き延びることなんてできないよ。でもお前たちならきっと人がいなくなった世界でも生きられる。だから……頼むよ……」


 見捨てて、振り返らずに、逃げてほしい。

 そんなキズクの思いとは裏腹にモンスターはモンスターとも思えないほどの優しい目をしてキズクを見ていた。


 町で爆発が起きた。

 音と振動が空気を揺らし、飛んできた巨大な破片が壁にぶつかった。


 滅びが始まったのだ。


「なんでなんだ……」


 早く逃げてくれないとフライホエールの攻撃がここまで及んでしまう。

 けれども動かないモンスターたちはキズクを取り囲み、慰めるように顔を寄せてきた。


「それは君が心配だから。君が好きだからだよ」


 どうしたらいいのか分からなくてただ立ち尽くしていたキズクは耳慣れない声を聞いた。

 女性のような声だった。


 周りを探してみるけれどどこから聞こえてきたのか分からない。


「僕だよ」


「ノア……?」


 キズクの肩に止まっていたノアがゆっくりと飛び立ち、モンスターたちがキズクを囲むように距離を取った。

 スッと高く飛んだノアの体が光を放つ。


 光の塊となったノアの体が大きくなって形を変えていく。


「君は……」


 ノアが女性になった。

 なんとなく羽毛っぽい髪と背中に生えた翼がフクロウだった時の面影を残している。


「僕はノア。そして同時に、時の神クロノスだったものさ」


「クロノス? 何を言って……」


「もう終わりが近い」


 ノアは振り返って空を見る。

 フライホエールに向かって覚醒者が必死に攻撃を加えているけれど、何一つとしてダメージを与えられていない。


「僕はずっと君を見てきた。君なら世界を救えるかもしれない」


「無理だよ……もう何もない」


「うん……もう手遅れだ。でもまだ世界は救える」


「どういうことだ? 手遅れなのに……どうやって?」


「やり直そう」


 ノアが翼を広げた。

 すると空に時計のような魔法陣が浮かび上がった。


「君は全てを持っていた。だけど何もないと目を塞がれて、何もかもを手放して、何もかもが奪われてしまった。もう気づいただろう?」


 ふとキズクは流れ込んできた記憶を思い出した。

 何もない、役立たずだと言われていたが実際はそうでなかった。


 それを知ったところでもう遅いと思っていたのだが、やり直せるならとほんの少しの希望が湧いた。


「待ってくれ……みんな!」


 モンスターたちが光となって時計に吸い込まれていく。


「ノア……」


「ごめんね。僕の力だけじゃ足りないんだ」


 一体、また一体と光となり、時計の中に消えていく。


「俺は……こんなこと望んでない!」


「これはみんなが望んだことなんだ」


 ノアと時計の魔法陣のはるか後ろにフライホエールの姿が見える。

 頭を下に縦に浮き上がっているフライホエールの口先に巨大な魔力の塊が作り出されている。


「全部……きっと説明するから。忘れないでくれ。君は全部持っている。ほんの少しの勇気を持って。今度はきっと……上手くいく」


 フライホエールが魔力の塊をシェルターのど真ん中に落とした。


「うっ! ゲホッ!」


 強力な魔力の波動が駆け抜けてキズクは耐えきれずに血を吐いた。

 破壊が広がる。


 ゆっくりにも見えるがキズクには到底逃げられない速さで、真っ白に見える魔力が広がっていき全てを消し去っていく。


「やり直そう。全部。ここで犠牲になった命も過去に戻ればなかったことになる」


 時計の針が逆に回り始める。

 その瞬間破壊が止まった。


 破壊だけではない。

 フライホエールも、キズクが来ないと待っているサモンも、何もかもが停止したのだ。


 キズクも意識だけはなぜかそのままで、時計の針だけが動く様子をただ見つめていた。

 一秒ずつ時を刻むように逆回転していた時計の針はだんだんと加速する。


 そしてキズクは見た。

 フライホエールが放った破壊の魔力が少しずつ戻っていくのを。


 奇妙な感覚だった。

 自分の人生を逆再生で、瞬く間に駆け抜けていく。


「頑張って……キズク。僕のパートナー。君ならきっと……」


 最後にノアの声がしてキズクの意識は白に塗りつぶされていった。

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