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新たなるスタート1

「……えっ?」


 気づいたらけたたましく鳴っている目覚まし時計に手をかけていた。

 キズクは状況が分からなくて、激しく音の鳴る時計をぼんやりと眺めた。


 ぼんやりしている間にも時計の針は進む。

 ちょっと古めのアナログ時計なので一秒ごとに秒針がしっかりと時を刻んでいる。


「あっと……」


 秒針が一周するまで眺めたキズクはハッとしてとりあえず目覚まし時計を止める。


「ここは……あれ? あー……声が若い?」


 若いどころか声変わりもまだ迎えていないような高さのある声だった。


「なんで……そうだ……」


 どうしてこんなことになったのかキズクは思い出そうとする。

 フライホエールにシェルターが襲われた。


 魔法が落とされて、破壊の波が広がっていき、キズクも例外なく死ぬはずだった。


「けど……ノアが……いや、クロノス、か?」


 だがフライホエールの魔法がキズクを飲み込む前にノアの魔法が発動した。

 ノアはクロノスだと名乗り、キズクにやり直さないかと問うた。


 やり直せるならやり直したいとは思ったけれど、やり直すためにせっかく自由にもなれたモンスターを犠牲にしてしまった。

 犠牲になったモンスターたちのことを思い出してキズクは胸が痛む思いがする。


「それで……本当にやり直すことになったのか?」


 キズクは自分の両手を眺める。

 ガサガサとして骨ばった手をしている。


 頬に触れるてみる。

 手と同じ少しガサついたような肌感に、薄い肉の決してふくよかではない感触がしていた。


「ええと……鏡……なんてものはないからスマホで……」


 キズクは画面のひび割れた古いスマホを手に取った。

 カメラを起動させてインカメラにする。


「本当に時がさかのぼったのか?」


 キズクの顔は明らかに若かった。


「……今いつなんだ? まだアイツは……ん?」


 キズクはスマホで日付を確認しようとした。

 すると脇腹をトンと何かに突かれた。


「……リッカ?」


 そこには黒めの毛色をした狼のような生き物が座っていた。

 キラキラとした目をしてキズクのことを見上げるモンスターの名前はリッカ。


 キズクがかつて手放した最初のパートナーであった。

 震える手でリッカに触れる。


 柔らかな毛並みは記憶のまんまだ。

 キズクが触るとリッカは手に顔を擦り付けるように頭を傾けた。


 キズクの中に堪えきれない思いが込み上げてきた。

 撫でるよう手を滑らせてキズクはリッカを抱きしめる。


「リッカ……」


 強く抱きしめた。

 一瞬驚いたようなリッカはすぐに尻尾を振ってキズクの肩に頭を乗せて抱擁を受け入れてくれた。


「ごめんな……」


 涙が流れる。

 溢れてきたリッカの記憶や思いはもう忘れられないだろうとキズクは思う。


 たとえリッカがそれを覚えていなくとも、キズクは覚えているのだ。


「クゥーン?」


 涙を流して何度も謝罪の言葉を口にするキズクにリッカは心配そうに喉を鳴らした。


「ありがとな……」


 リッカがペロペロとキズクの涙を舐める。

 仮に夢でもいいと思った。


 またこうして会えて、謝ることができた。

 申し訳なさと後悔の気持ちが落ち着いてくると今度は嬉しくなってきた。


 再会とリッカとやり直せることに対して胸に希望のようなものが広がる。

 キズクは堪らずリッカを抱きしめた。


 ふかふかとした首元に顔を埋めてにおいを嗅ぐ。

 ほんのりと野生の香りがして、懐かしさを覚えずにはいられない。


「……リッカ?」


 リッカが急にうなり出してキズクは驚いたように顔を離した。

 うなられるほどにうっとおしかっただろうと反省しかけたが、リッカはキズクのことを見ていなかった。


 何に対してうなっているのかと視線を辿るとベッドの上を見ているようだ。


「んん? なんだあれは?」


 ベッドの上、枕の横に何かがある。

 先ほどは何が起きたのかわからず枕横のものに気づかなかった。


 リッカはどうやらキズクではなく枕横の何かに気づいて、それに向かってうなっているようだ。


「リッカ、大丈夫だから」


 キズクはそれに見覚えがあった。

 ただ少しばかりおかしいなとも思った。


「……ノア?」


 羽毛の塊に見えるそれをキズクはノアではないかと思った。

 けれど小さいのだ。


 回帰する前のノアは人型だった。

 人型になる前はフクロウの姿をしていた。


 その時のサイズは人の頭ほどの大きさがあるフクロウであったのに、今枕横にいる羽毛の塊は鶏のたまごぐらいの大きさしかない。

 うなるリッカを撫でて落ち着かせる。


 キズクは羽毛の塊に手を伸ばす。


「暖かい……」


 そっと手のひらに乗せてみるとほんのりとした暖かさを感じる。


「やっぱりノア……なのか?」


 回転させて見るとくちばしがあって、羽毛に隠れるように目もあった。

 ただ目も開けないし持ち上げても動かない。


 死んでいるのかもしれない。

 そんな風に胸がざわついてキズクはフクロウに顔を寄せて耳に当てる。


 寝息、わずかな心臓の音が聞こえてる。

 ひとまず生きている。


「多分ノアだよな」


 小さなフクロウがノアであるというのには理由がある。

 見た目に小さくなっただけでそのまんまだということもあるのだけど、契約したモンスターとは繋がりができるためにどこかに繋がりというものを感じられるのだ。


 手に持ったフクロウから懐かしい気配と繋がりを感じる。

 キズクが回帰前、ちゃんと繋がりを持ったモンスターはリッカとノアだけである。

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