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出来ることから2

「別にそんな気にすることでもなかったんだな……」


 回帰前はとにかく周りの目を気にしていた。

 なんでそんなに周りの顔色ばかり窺っていたのか今では分からない。


 リッカはちゃんと登録された魔獣であるし、町中を走るぐらいは迷惑行為でもない。

 事故でも起こせば咎められるだろうが、多少速度を落として走る分には問題ないのではないかと思った。


「す、すごい風圧……キズクの胸で圧死するところだった……」


 こんなことになるなら先に言っておいて欲しかったとノアは思う。

 油断するとキズクの胸にはりつけになって危ないところだった。


「はははっ、ごめんごめん」


 キズクはノアをそっと肩に乗せる。


「お疲れ様、リッカ」


 リッカがシュルシュルと縮んで元のサイズに戻る。

 顔を擦り付けてくるのでキズクも微笑んで撫でてやる。


「遅れちゃうからいこうか」


 リッカのことはいくらでも撫でていられる。

 ただ昼間の公園で大きなオオカミを撫でているのは目立つ。


 呼ばれて来ているのだし、名残惜しくもナデナデタイムは終了して移動する。

 公園からほど近いところにあるビルにキズクはやってきた。


「泉ギルド……」


 ビルの入り口には泉ギルドと書いてあった。

 キズクぐらいの年齢の子がいく場所ではないなとノアは思った。


 ただキズクは平然とビルの中に進んでいくと一階にある部屋の中に入る。


「失礼しまーす……」


「おう、キズクか。よく来てくれたな」


 部屋の中はオフィスになっていて中年の男性がキズクを見て老眼鏡を外して立ち上がった。

 ややイカつい顔にがっしりとした体型のこの人が泉蓮二(イズミレンジ)で、キズクを呼び出した電話の相手である。


「何の用で呼ばれたんでしょうか?」


 何の用なのかは回帰前の記憶があるキズクには分かっている。

 だがここで用件を知っていては不自然に映ってしまう。


 知らないフリをして笑顔を浮かべる。


「タカマサのバカが測定器をどっかで落としやがった。朝の巡回のどこかで落としたんだろ。あれ結構高いんだ」


 レンジは呆れた顔をしてため息をつく。


「お前の相棒の力で……んん?」


 レンジの目がノアに向く。


「それは?」


「こいつは新しい相棒です」


「フクロウ……か? にしてもちっこいな。まあ空から色々見られるのはいいかもな。お前が何を相棒にするのか俺が首突っ込むことじゃないしな」


 まさか魔獣を増やすとは思わなかったとレンジは不思議そうな顔をした。

 しかし何を魔獣にするのかはキズクの判断なので、口を出すつもりはない。


「えーと……そうだそうだ。お前のいつもの相棒の方の力で落としもん見つけてほしいんだ」


 レンジはリッカのことを見る。

 キズクの相棒といえばレンジの中ではリッカの方だ。


「任せてください。な、リッカ?」


「わふ」


 キズクがリッカに視線を向けると、リッカは答えるように一鳴きした。


「頼もしいもんだ。タカマサとトシをつける。朝、見回ったところだから大丈夫だと思うが……念の為にな。車を回す奴も必要だしな」


 レンジはスマホを取り出して操作する。


「今二人とも降りてくると思う。すぐに見つかるとは思うが頼んだぞ」


「分かりました」


「見つからなかったらタカマサはしばらく酒禁止だな」


 レンジはまたしても盛大にため息をつく。


「お疲れ様でーす」


「お疲れ様です」


 待っていると二人の男が部屋に入って来た。

 チャラそうな男が泉孝政(イズミタカマサ)、しかめっ面の背の高い男が田中敏彦(タナカトシヒコ)という名前である。


 タカマサはレンジの弟であるが、レンジに比べてタカマサはかなりいい加減な性格をしていた。


「お前、反省してるのか?」


「もちろんしてますよ」


「見つからなかったら覚えておけよ……」


「大丈夫ですって! キズク君もいるしね」


 タカマサはキズクの肩に手を回す。

 相変わらず少しタバコ臭いなとキズクは顔をしかめる。


 若いキズクに対しても分け隔てなく察してくれて悪い人ではないのだけど、ノリが軽くてちょっと信用できないところがある。

 レンジにもよく怒られているのに、あまり反省してる様子もない。


「こいつ……!」


「行こうか。これ以上兄さんを怒らせたら大変だ」


 タカマサは壁にかけてあった車の鍵を取ると逃げるように先に出ていった。


「はぁ……悪いな。トシも上がりだったのに付き合わせて」


「いえ、残業代が出るので」


「ちゃっかりしてるな。これ以上残業代出さなくていいように早くいけ」


 レンジがシッシッと手を振ってキズクとトシを送り出す。


「悪いな。中学生の貴重な休みにこんなことで呼び出して」


「はは、そうか。家、厳しいんだったもんな。偉いな」


 ビル横にある駐車場に向かう。

 トシも割とキズクのことを気にかけてくれる人であった。


「暇なぐらいならこうして少しでもお仕事あった方がありがたいです」


「タカマサのやつにお前の爪の垢飲ませてやりたいよ」


「おーい! 早くしろよ!」


「あの調子だもんな」


 駐車場ではタカマサがもうすでに車に乗り込んでいた。

 大型のバンでトシは助手席に、キズクは後ろの席に乗った。

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