「電話……?」
キズクが決意を新たにしたタイミングでスマホに電話がかかってきた。
画面にはカタカナでレンジと表示されていた。
「レンジ……ああ、そうか」
今がいつなのかもまだ把握していない。
世界が滅びに向かっていくと世界は激動の時代を迎え、多くの人と出会い、多くの人と別れることになった。
レンジという名前を見て、どこの誰なのか思い出すのに少し時間がかかってしまった。
思い出せるだけの関わりがある人だ。
レンジという名前を思い出すと同時に今がいつ頃なのか大体分かった。
自分の姿から何となく予想はしていたけれど、レンジと関わっていた時期からさらに絞り込めたのである。
「もしもし……お疲れ様です」
キズクは電話に出た。
レンジは敵でもなければ怪しい人でもない。
ただ細かな時期によっては少しだけ繊細なタイミングもあるので大丈夫だろうかとほんのちょっとの不安はあるが、電話に出ないのも失礼だろう。
「おう、キズク。休みのところ悪いな」
低い男性の声がスマホのスピーカーから聞こえてくる。
声のトーンからして繊細な時期ではなさそうだと感じた。
「いえ、大丈夫です」
「今は家か?」
「はい、そうです」
「少し頼みたいことがあってな。今から来ることはできるか? 交通費も出すから」
「いいですよ」
レイジの用件を聞いてキズクは少しハッとした。
細かな時期、今日がいつなのかまで思い出すことができた。
「いくのかい?」
もう少し落ち着いて状況を整理する時間が必要ではないかとノアは心配そうな目でキズクを見上げる。
「いや……これは行かなきゃ」
「何かあるんだね?」
「うん。もしかしたら……これが最初の一歩かもしれない」
キズクは服を着替えて、リッカとノアにオレンジ色のバンダナをつける。
これは野生のモンスターではなくて契約したモンスター、つまりは魔獣であるということを周りに示すためのものだ。
「ちと大きくはないか?」
「悪いな、このサイズしかないんだよ」
ノアが怪訝そうな顔をして翼を広げる。
当然のことながらノア用のバンダナなんて用意していない。
なのでリッカが昔使っていたものを引っ張り出してきたのだがそれでもノアにとっては大きい。
明るめのオレンジのバンダナはノアが着けるみるとまるでマントでも着ているかのようであった。
これはこれで可愛いなと思うけれど、空を飛ぶ時には邪魔になってしまう。
ただ今はノアも飛べないようであるし、急いでいるのでしょうがない。
「一々つっかかるのぅ」
そしてリッカには首輪を着ける。
慣れているリッカは首輪を差し出すと自ら頭を通す。
リッカは自分はこんなこともできて偉いのだぞ、という視線をノアに送る
やたらと挑発的でノアも少しイラッとしてリッカを睨み返す。
ノアにも首輪代わりとして足首に紐を繋いでおく。
「母さんは……仕事か」
部屋から出てリビングに移動する。
誰もいないリビングを見回して、同居している母親は今日はいないのだと思い出した。
「一応、書き置きでも残しておこうか」
“遊びに行ってきます”とだけ書いたメモをテーブルに残して、キズクは家を出た。
一見すると犬の散歩にも見えるが、リッカが立ち上がって歩いているとかなりデカい。
契約魔獣であっても近づいてくる人はいない。
歩きやすくていいぐらいにキズクは思っている。
「んー、ちょっと節約して行こうか。リッカ、お願いできる?」
こういった場合使うのは公共機関かタクシーであるけれど、使わないで向かう方法もある。
せっかくこうしてまたリッカに出会えたのだ。
もうちょっと密着したいな、なんて思った。
こくんと頷いたリッカが二回りほど大きくなる。
「んふ……デカくて可愛い……」
大きいと怖いなんていう人もいるけれど、キズクにしてみればデカければデカいほど可愛い。
キズクは伏せたリッカにまたがる。
「おっと……」
キズクを乗せたままリッカが立ち上がると、少しバランスを崩しかける。
なんせ今のキズクにとっては久々なものだからしょうがない。
「こっちの方がいいな」
キズクは肩に乗っているノアを首元から服の中に入れた。
「飛び出すなよ、ノア」
「ふむ、分かった」
「行こうか、リッカ! 久々に……風になろう!」
キズクはゴーグルを装着してリッカの背中を優しく二回叩いた。
「ひょっ……」
リッカにまたがったキズクが体勢を倒し、リッカに抱きつくような体勢をとる。
次の瞬間リッカが走り出した。
ノアの驚く声を置き去りにして一気にトップスピードになったリッカは車よりも速く道を駆ける。
「ひゅおぉおぉお……」
ものすごい風を浴びて一度キズクの服の中に押し込まれたノアは、なんとかまた胸元から顔を出す。
景色が高速で流れていって、まさしく風になった気分だ。
あまりにも速いので逆に人の注目など浴びもしない。
町中を抜け、郊外にやってきた。
「ここらでストップだ」
キズクがまたリッカの背中を二回叩く。
リッカは人気のない小さい公園で止まる。
「ははっ! ああ、久々に楽しかったよ!」
キズクはリッカの首元に顔をうずめて笑う。
リッカに騎乗しての移動がキズクは大好きだった。
危ないし周りの目もあるのであまりできなかったが、やっぱりいいものである。