「危ない危ない」
なんとか穴まで登って再度下を確認する。
アリならば壁を登ってきそうな感じもあるのに、ボスアリも含めてアリが来る様子はない。
「まっ、来ないなら別にいいか」
来たら面倒というだけで、来ないなら来ないで全く問題はない。
キズクは懐中電灯を取り出して穴の奥を照らす。
「早速助けられたな」
穴の奥にはキズクがグレイプニルを巻きつけたものがある。
「……それは剣か?」
「ああ、そうだよ」
穴の奥にキラリと見えたそれは剣であった。
まるで伝説の剣かのように地面に突き刺さっている。
キズクはグレイプニルを消すと剣に手を伸ばす。
「おっと」
剣を掴んで上に引っ張ると思いの外簡単に抜けた。
「黒い剣……なんだか奇妙だな」
「これは普通の剣じゃないんだ」
キズクが抜いた剣は剣身が黒かった。
金属質というよりはやや艶やかな表面をしていて、何で出来ているのか分からないとノアは首を傾げる。
「黒いのはモンスターの素材で出来ているからなんだ」
「モンスターの素材?」
「うん。あのアリのアゴで出来てるんだよ」
ブラックアントアギトなんていうのが回帰前につけられた剣の名前である。
文字通りアリのアゴから出来た剣なのだ。
ボスアリのような大きなアゴを加工して剣にしたのだろう。
「俺は金ないからな。自分の装備もない。ちょっとぐらいこうして節約しないとな」
キズクが今身につけている装備は泉ギルドから借りているものだ。
泉ギルドの仕事と関係がない時には使えない。
覚醒者としてやっていくためには武器ぐらいは必要である。
ただキズクにはお金がないので武器を買うことすら簡単ではない。
そこでこのブラックアントアギトなのである。
「今回このままなら俺以外に見つけられる人もいないし貰ってもいいだろ」
キズクはニヤッと笑う。
「君が知ってるということは前回も見つけられたということなのだろう?」
キズクが強くなるなら別に持っていっても問題はないとノアも思っている。
ゲートの中で見つけたものは基本的に見つけた人のものである。
ただ見つけられないという言い方が引っかかったのだ。
「回帰前、タカマサさんとトシさんはゲートから帰ってこなかった。だからレイジさんはゲートの中を捜索してもらったんだ。ボスを倒さずに、どこかに二人はいないかってね。その結果にこれが見つかったんだ」
「なるほど。今回は君が二人を助けたから……」
「捜索は行われず、普通にボスを倒して、普通にゲートは閉じられるだろうな」
ボスの後ろにある、壁の上側のくぼみの穴なんか普通は気づかない。
隅々まで捜索したから見つけららたのであった、タカマサとトシが無事ならブラックアントアギトは見つかることがないのである。
だからキズクがもらってもなんの問題もないのだ。
「あとはバレないように持ち帰るだけ」
ただし今は不当にゲートに入っている状態なので、ブラックアントアギトのことがバレると問題になるかもしれない。
こっそり持ち帰ることが必要な条件である。
「別に倒してしまえばよいのではないか?」
隠すこともない。
そうノアは思った。
「君の力ならあのモンスターぐらい倒せそうだ。倒して、堂々と出ていけばいいではないか」
なんだか良さそうな武器も手に入れた。
今のキズクの能力ならボスアリも倒してしまえそう。
ボスを倒せばコソコソ逃げ回ることもない。
ゲートも報告する前にボスを倒して閉じてしまえば他の人にバレることもなく、ボスを倒して剣を手に入れたと言っても怪しまれることはないだろう。
「それも考えたけど……影響が分からないからな」
「影響?」
「もう俺は二人のことを救おうとしてる。それだけでも知っている未来とは変わってくるだろ? この先に起こることを知っている……それもまた俺の強みだけど、俺が知っていることを踏まえて行動すればきっと未来は変わってしまう」
変わることは良いことだ。
このままいけば世界が滅びるのだから何かの変化がなくてはいけない。
「だけど色々やりすぎると、俺の予想もできない変化が訪れてしまうかもしれない」
何かを変えれば変えるほど変化はきっと大きくなる。
本来このゲートは他の人が攻略するものだ。
キズクは今の時点であまり強くなくて、ボスアリなんかとてもじゃないけど倒せる人じゃなかった。
すでにタカマサとトシを助けるという行いをしている。
ここに加えてボスアリを倒すほどの力を見せてゲートを攻略してしまうと、どうなるか分かったものではない。
まだ回帰して一日目なのだ。
「ここは大人しくしとこう」
力を見せる時はきっと来る。
ただし、それは今じゃない。
「まずはここから抜け出そう。ノア、もう一働き頼むぞ」
「ふむ……まあ君はそういうなら」
時を回帰して、未来に与える影響はノアにも分からない。
臆病になって何もしないわけじゃない。
前を見ながらも慎重に行動しようとしているだけなのだ。
ならば文句を言うこともない。
「ふふん、この僕に任せておきなさい。さて、何をすればいいのかな?」
「頼もしいよ」
「そのサイリウムを持って、あっちの方に飛んでほしいんだ」
「うむ、任せておくといい!」
脱出についても考えていた。
あとは勇気を出して、実行するだけである。