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謀略、変化、奥の手2

 みんなが寝静まった夜、リッカはスッと目を開いた。

 静かに立ち上がると足音を立てないようにキズクの部屋を出ていく。


 リッカは大きいので普通にしていてもドアノブに口が届く。

 そっとカギを開けて、ドアを開く。


 古めのアパートを出て、うつむくようなリッカは一度立ち止まってアパートを振り返る。


「行かせないよ」


 再びうつむくように歩き出したリッカの体に何かが巻き付いた。

 グルグル巻きにされたリッカはコテンと地面に転がってしまう。


「ふむ……意外といった顔をしておるの」


 リッカがウニウニと動いて体を動かす。

 ずりずりと体を動かして、ようやく後ろを振り返ってみるとキズクがそこにいた。


 キズクはちょっと怒ったような顔をしていて、リッカは振りかけた尻尾を止めた。


「お前が何をしようとしてるか、俺が知らないとでも思ったか?」


 リッカの体を縛っているのはキズクとリッカの契約スキルであるグレイプニルだった。

 必死に体を動かしてグレイプニルから抜け出そうとするけれど、ミチミチに縛り付けられていて解ける気配もない。


「一人でカナトのところに行こうとしたんだろ?」


 回帰前、リッカは突如としてキズクの前から姿を消した。

 最初、理由は分からなかった。


 しかしカナトとリッカが一緒にいるのを見て、何が起きたのか理解した。

 だが全てを分かったわけではなかった。


 キズクは知らなかった。

 リッカの思いを。


 キズクはリッカに愛想を尽かされて出ていかれたのだと思っていたけれど、リッカはキズクのためにと出ていったのだ。

 実はひっそりとカナトからリッカへの接触があった。


 リッカがカナトのところに行けばキズクは助かる。

 リッカがいなくなればキズクの負担は軽くなると吹き込んでくれたのである。


 結果的にリッカはカナトのところへ身売りのように行ってしまったのだ。

 全ては流れ込んできたリッカの記憶で知った。


 回帰前では知るのに遅すぎたが、今はまだリッカを止められる。


「ごめんな、俺が情けないせいで……」


 キズクがそっとリッカの頭を撫でるとリッカはクゥーンと鳴く。


「でも俺はお前を手放すつもりはないんだ。たとえ苦しくても、貧しくても俺はお前と一緒にいたいんだ」


 グレイプニルがゆっくりと解けていく。


「これからも一緒にいてくれ。これは命令じゃない。お願い、なんだ。俺はお前といたい。そしてお前にも一緒にいてほしいと思ってもらいたいんだ」


 キズクはリッカの頭を手で挟み込んで正面で向き合う。


「……リッカ?」


 大きくリッカの瞳が揺れて、リッカはキズクの顔をベロリと大きく舐め上げた。


「やっぱり行きたくないだと」


 リッカの思いをノアが代わりに伝えてくれる。


「おわっ!?」


 リッカは立ち上がるとキズクに飛びかかって押し倒す。


「リ、リッカぁ!」


「妬けるのぅ」


 リッカはキズクの顔を舐め回す。

 一通り舐めまわした後は甘えた声を出してキズクの胸に顔を擦り付ける。


 今まで悩んだ分が爆発したかのようにリッカは甘えた。

 アパートの前の道の上。


 でもそんなこと関係ないとキズクはリッカのことを撫でる。


「一緒にいてくれるか?」


 キズクの問いかけに、リッカは答えるように鼻先をキズクの頬にちょんとつけた。


「ふふふ、ありがとう」


 リッカの答えの意味をキズクは分かっている。

 行きたくないと思っていたことも知っているのだ。


 こうして引き止めればいてくれることも分かっていた。


「さてと……俺のリッカに不安を覚えさせたバカにしっかり教えに行こうか」


「何をするつもりだ?」


「二度と付きまとうな、リッカに近づくなって警告してやるのさ」


 回帰前はリッカがカナトのところに行ったことで、カナトが訪ねてくることはなくなった。

 しかし今回リッカが行かないとカナトは諦めずに色々と手を回してくるに違いない。


 一度ビシッと言わないとカナトが手を引くことはないだろう。

 ついでにリッカには怒っていないが、カナトがリッカに手を出そうとしたことは怒っている。


「あいつぶっ飛ばしてやる」


 キズクは立ち上がって服についたホコリを払うと、近くにある公園に向かった。


「あれ? お前も来たのか?」


 公園にはカナトがいた。

 護衛なのかスーツの男を一人連れていて、公園にやってきたキズクのことを嫌そうな顔で見ている。


「その犬っころを……ん?」


 カナトの顔を見たキズクは一気に走った。


「ぶへぇっ!」


 そしてカナトの顔面を思い切り殴り飛ばした。


「ふざけんじゃねえよ!」


「カ、カナト様!」


 キズクに殴られるなんて微塵も思っていなかった。

 殴られたカナトは地面を転がり、お付きの男が慌てて駆け寄る。


「ひゃ……ひゃにする!」


 完璧な一撃だった。

 カナトは鼻の骨が折れてボタボタと鼻血を垂らしている。


「何するだと? それはこっちのセリフだ!」


 キズクはカナトを睨みつける。


「リッカは俺のパートナーだ。お前になんか渡さない!」


「……みよ、このキラキラした目」


 リッカは頼もしいキズクのことを乙女のような目で見ている。

 ノアはキズクとリッカの関係が羨ましいと小さくため息をつく。

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