「ほっ!」
走ってくるリッカの毛皮を掴んでサッと飛び乗る。
「ノアもいるな!」
「もちろんだとも!」
リッカがさらに速度を上げて駆け抜ける。
黒い風のようになってキズクたちはゲートの中に飛び込んでいった。
ゲートに入る時、一瞬だけまるで薄い水の膜を通り抜けたような不思議な感触を覚える。
「うわっ……デカいな」
入った先は広い草原であった。
ところどころに木が生えているのだが、生えている木がとにかくデカい。
「サイクロプスサイズってやつなのか?」
見上げると首が痛くなるような大きさの木だが、体の大きなサイクロプスが横に並べば人と普通の木の関係ぐらいにはなるかもしれない。
「それでどうするんだ?」
上手くサイクロプスをまいてゲートの中に入ることができた。
しかし、なぜリッカがゲートの中に入りたがっていたのかはまだ分かっていない。
リッカはチラリと背に乗ったキズクを確認する。
「ちゃんと乗ってるぞ」
キズクが微笑みかけてやると、リッカはうなずくように一度頭を下げて走り出す。
大きな木々の間を駆け抜ける。
何も邪魔するもののない草原の中を走り抜けるのは気持ちがいい。
モンスターが出ていっているせいか、ゲートの中なのにモンスターの姿はない。
「何だあれは?」
風に身を任せてしまいそうになりそうな気持ちを抑えて周りを警戒しながら進んでいくと、巨大な水晶なものが見えてきた。
キズクの背丈ほどもある大きなゴツゴツとした水晶が宙に浮かんでいて、リッカはまっすぐに水晶に向かっている。
「……なんだこれ?」
水晶の目の前までやってきた。
どうやって浮いているのかも分からない水晶は濁っていて輝きもない。
ゲートに入ったことは何回もある。
しかしこんなものは初めて見たなと思った。
目の前まで近づいてもなんだか謎である。
「リッカ? うわっ!?」
「おおおっ!?」
さらに前に出たリッカは鼻先を水晶にチョンと押し当てた。
その瞬間水晶が砕け散った。
激しく爆発するように砕けてキズクは思わず身構える。
「これは……」
割れた水晶の中から光の玉が現れた。
不思議な力を感じさせる、あたたかい光を放っている玉はふわりと動き出すとリッカの胸に吸い込まれていく。
リッカの体が玉と同じあたたかい光に包まれて、リッカの光がキズクの体にも伝播する。
「えっ! いでっ!?」
ボフン、と音がした。
リッカにまたがっていたキズクは、下にいたはずのリッカがいなくなって地面にお尻から落ちる。
「ご主人様ぁ〜!」
「わっぷ!?」
「のわっ!? なななな、なんだとぉ!?」
いきなり何なんだ。
状況を把握する前にキズクの視界が暗くなった。
聞き慣れない女の子の声が聞こえてきて、柔らかい何かが顔に当たる。
さらりとして、ふわりとしていてリッカの毛のようだと思った。
「うぐ……うぐぐ……」
あったかくてモフモフしていて、何だか柔らかくて落ち着く匂いがする。
でも何か抱きしめられているのだと、圧迫感と頭の後ろの感覚ですぐに分かった。
気持ちいいのだけど、苦しい。
強く抱きしめられて毛に埋もれていて息ができない。
「もが……」
「キズクが死んでしまうぞ!」
「うぎゃ!?」
「ぷはっ……な、なんだ!?」
抱擁の力が緩んだ。
その隙にキズクが抱擁から抜け出す。
キズクは自分を抱きしめていたものを見て驚きを隠すことができない。
何というべきか、ケモノの女の子が目の前にいた。
あえて言葉にして表現するならばモンスターのワーウルフや獣人といった感じだろうか。
しかし目の前の子は女の子だと分かるような雰囲気がある。
ワーウルフはオオカミが二足歩行になったようなモンスターで、性別があるのかもしれないけれど見た目でオスメスを判別できる人はいない。
獣人は人に近い造形をしたモンスターでいわゆるケモミミなどが生えていて人よりも身体能力が高い。
こちらは男性女性があって、見た目にも分かりやすい。
ただ人に近い姿をしているというだけで意思の疎通も取れなければ、魔獣として契約した人もいない。
というのがキズクの回帰前の知識である。
対して目の前にいるのはワーウルフのように全身が毛で覆われていながらも、ワーウルフよりもシュッとしたフォルムでより人に近い形をしている。
獣人に近いワーウルフといった感じだ。
「リ、リッカなのか?」
「そうだよ! ペロッ!」
「んおっ!?」
顔もオオカミっぽく口元がマズルと呼ばれる形に突き出ている。
キズクはリッカにペロリと顔面を大きく舐め上げられる。
「えへへっ! ようやくキズクとお話しできる!」
リッカの尻尾は飛んでいってしまいそうなほどに振られていて、興奮しているのか呼吸は荒い。
「人化? にしては中途半端……」
ふわっと回帰前のノアのことを思い出す。
ノアも回帰前には人のような姿になった。
ただし、ノアもどことなくフクロウらしさは残っていた。
ノアが人になれたのだからリッカにも人になれる可能性があるとは思う。
しかしながらノアはほとんど人だったのに対してリッカはケモノ感が強い。
個体差があるのだろうか、なんてキズクは思った。
「くっ……こやつ……僕の専売特許があっという間に……」
いつか人になれるだろう。
そうなればキズクも自分のものだと考えていたのに、リッカも人化ができるなんて予想外でノアは悔しそうな顔をする。