目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話 あぁ、大丈夫。夢じゃない……そう、確信できたから

 仲間を集めた話し合った5日後。

 僕とアルメリアとの婚約に向け、予定通り、ティーリング公爵家へ正式に挨拶へ向かった。


 第一王子である僕とアルメリアとの即時婚約を次の夜会で発表するために。


 現在、不服にも廃太子予定であるレオナルドの婚約者となっているアルメリア。5日後に開かれるレオナルド主催の夜会にて、二人の婚約解消を書状にサインすることになるだろう。婚約破棄に関する書状については、レオナルド側が用意することになっていた。アルメリアにとって、不利な条件を書かれている場合も考え、事前に養父とともに陛下に謁見をし、勅令を持ってレオナルドから書状を取り寄せた。案の定、聖女であるアルメリアへの不敬な数々に僕も憤慨したが、養父は見た瞬間、その場で切り刻んでしまったことはいうまでもない。

 養父に青ざめた陛下が、新たな白紙の書状を慌てて持ってこさせ、レオナルドに非がある旨をしたためた書状を一瞬で書き上げる。養父も確認をしたのち、婚約破棄の書状に玉璽が押された状態で、レオナルドへと渡された。

 玉璽の押されているものをわざわざ偽物にすり替える……なんてことをあのアホなレオナルドは考えもしないと思うが、頭のキレる文官が側についていることを考えて細心の注意が必要だとみなで話し合った。

 アルメリアがその書状にサインをするまでが『王太子』であるレオナルド。それを知らぬ側近やメアリーは、その日、どういう対応をしてくるのか、僕はとても楽しみであった。


 それよりも、今は眼光鋭くこちらを窺っている養父をどうにかするのが先決で、そちらの方が大変である。アルメリアの気持ち次第とは言ってくれたが、国1番のタヌキだと思っているので、見た目だけに騙されてはいけない。父……陛下の二の舞だろう。


「それで? 確認だが、アルメリアが婚約破棄をされた場合、公爵家に不利益はあるのか? ジャス」

「いいえ、全く。昨日、謁見をし、書状については、陛下に控えを作成していただきました。こちらが、その控えになります。今回、陛下がご用意されたのは、玉璽が押された公文書。そこまでバカだとは思っていませんが、それを偽装すれば、文書偽装にてブタ箱へ送って差し上げますよ? 王太子やその側近だったとしても。王族だから何もかもが許される……そんな、甘い考えは捨てていただかないと」


 そっと差し出した書状には、玉璽の割り印と僕の名前が入っている。第一王位継承者として、この婚約破棄を見届けることになっているのだ。


「なるほど。いかなるときも手を抜かないのは、さすが、我が息子だな」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「あとは、期日までに納められていないお金をどうするかだが、その顔をみれば、それも処理済みということか?」

「えぇ、もちろん。優秀な友人たちのおかげで、今晩にも屋敷に届くでしょう。元王太子となるレオナルドの財産の全てが」

「怖い怖い。そなたを見捨てず、しっかりと育ててよかったなぁ。これ程だとは」

「褒めても、何も出ませんよ?」

「わかっている。息子として、接することができるのは、アリーの婚約破棄が成るまで。寂しくなる」

「いいではないですか? これからも、義父上と呼び方は変わりませんよ」


 クスクス笑っていると、アルメリアが執務室へ入ってくる。久しぶりに会うアルメリアは、少し気まずそうにしていたので、「隣に」と微笑めば、素直に従ってくれた。屋敷を出る前のような気安さがないことに、僕は寂しさを感じた。僕の方をちらりとも見ずに、養父の方を真っすぐ見つめていた。アルメリアには珍しく、少し、顔が強張っているように見える。


「さて、ジャスに聞きたいことも済んだ。夜会の話も聞けたし、邪魔者は退散するかな?」

「何を言っていますか? 養父上。僕たちが退室します。アリアと少し行きたい場所があるので」


 真新しいスーツを着ている僕。養父との話も終わったことで、緊張が増してきた。それは、隣に座るアルメリアも同じようで、ピクリと肩が動く。


「アリア、少し庭を歩こう。この時期は、アルメリアが咲くだろう?」

「……はい、ジャス……ティス様」


 慣れない名前呼びをしてくれているアルメリアが、恥ずかしそうにしていることが、たまらなく愛おしい。義兄として、ずっと、叶わない恋だと諦めていたからこそ、ポケットに入った小箱の重みが心地よかった。

 そっと、アルメリアの手を取り、養父に挨拶をして部屋を出る。いつもより少し遅い歩みになっているのは、こちらをチラチラと見ているアルメリアに歩調を合わせているからだ。


「アリア、その……」

「……もうすぐですね? レオナルド様との婚約破棄。あれから、ずっと、考えていたのです。お父様にお義兄様のことをどう思っているかと聞かれたあとから、ずっと……」


 重い足取り、長い廊下、静かでゆっくり流れる時間。沈黙が急に怖くなった。ただ、何も言えず、僕も黙ってアルメリアを窺ってしまう。

 玄関を出て、石畳を歩く。僕とアルメリアの靴音だけが聞こえ、腕にかかる重みや温もりだけが、確かなものだと感じていた。


「ここにくるのは、久しぶり。ジャス……ティス様が、いなくなってから、アルメリアの花が咲いたと侍女たちから聞きました。でも、一人では、来れなくて……」

「どうして?」

「もう、お義兄様はいないのだと、思い知らされてしまうから。覚えていますか?」

「何を? と、言わなくてもいいだろうな。このアルメリアのことだろう?」

「えぇ。お義兄様……いえ、ジャスティス様が、この屋敷へ来てすぐのころ、私の花だと事業の視察帰りに種を買ってきてくださったのですよ」

「もちろん、覚えているよ。二人で、種を捲いたのだから」


 アルメリアの方を見ると、嬉しそうに口角を上げているのが見える。屋敷へ来たころのジャスティス様は、生活に慣れることに必死だった半面、天使のような義妹のアルメリアの笑顔をたくさん見たいと願っていた。屋敷のどこをみても、アルメリアを象徴するものがなく、何か贈り物をしようとした矢先に、アルメリアの種を見つけた。

 二人で中庭に花壇を作って種を捲いた記憶がよみがえる。鼻の上に土をつけて笑う愛らしいアルメリアを。


「それを一人で見ることなんて……」


「寂しすぎます」と続きそうな弱弱しい声音。ぎゅっと服を掴むアルメリアの手をそっと撫で、優しく手を取り跪く。中庭までゆっくり歩いてきたが、いまでは、中庭中に咲くアルメリアが優しいそよ風に揺れていた。


「ジャスティス様?」

「……ジャスでいいよ、僕の可愛いアリア」


 微笑むと、真っ赤になったアルメリア。中庭に咲く可憐な白い花が、赤く染まったようだった。

 ポケットに手を突っ込み、指環を小箱から出す。グッと握ったあと、アルメリアの少々熱っぽい瞳を見上げた。


「そんなに期待しないで」


 茶化すように笑って、ひと呼吸おいた。人生、何が起こるかわからない。一生、縁遠いと思っていたこんなシーンを誰が一体、想像できたか。まず、僕はできない。次に実妹なんて、「ありえない!」と言うだろう。実の両親ですら、僕のことは諦めていただろう。

 そんな僕が、こんなに素敵な女性へプロポーズをすることになるなんて、夢でも見ているかのようで、気持ちがふわふわしていた。ただ、胸にある「アリアを幸せにしたい」という決意だけは、揺るがない。


「僕はアリア……アルメリアのことを出会ったときから、一人の女の子としてずっと好きだった。すでに、レオナルドと婚約をしていたアルメリアと僕が一緒になることは叶わないとわかっていても、心はずっとアルメリアを諦められずにいたんだ」

「……ジャス」

「これから、……いろいろと後処理があって、ちょっと大変な時期に入ってしまってなかなか会えないんだけど、アルメリアへの気持ちは永遠に変わらない。アルメリア、心から愛しているよ。必ず、幸せにするから、僕と結婚してくれ」


 アルメリアの左薬指に、先日用意した指環をはめる。貴族たちが好むゴテゴテとしたものではなく、少し見劣りしてしまうほど小さな石ではあったが、太陽の光を浴び、とてもキラキラと輝いた。


「……はい、喜んで!」


 そういって、アルメリアはドレスが汚れるのも気にせず、跪いたままの僕へ抱きついた。勢い余って支え切れず、僕ごと後ろに倒れてしまう。


「……いたたた」

「……だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫。夢じゃない……そう、確信できたから。アリア、僕の可愛いお姫様」


 ほんのり赤くなっている頬を撫で、顎先を軽くあげる。僕を映している大きな目をゆっくり閉じるアルメリア。そっと、その可愛らしい唇にキスをした。


 中庭の道で、二人、しばらく転がっていた。「さすがに」と、ため息をつきながらグレンが呼びに来てくれ、二人笑いながら起き上がる。


「ジャス」

「ん?」

「私、お父様から聞かれたあと、ずっと、考えていたって言ってたでしょ?」

「あぁ、そうだった。それで? やっぱり、レオナルドのことが好きだった?」

「……いいえ。ジャスに会ったあの日、私もあなたに恋をした。義兄だから、結婚はできるでしょ? 何度、お父様にお願いしたことか。いつの間にか、諦めてしまってたけど……、気持ちに蓋をしてしまったから、ずっと、忘れていたの。ジャスの側だけが、陽だまりのようで温かいわ」


 ギュっと抱きしめてくるアルメリア。意外な告白に驚き、涙が零れてくる。抱きしめ返して、アルメリアからその涙を見えないようにしたが、アルメリアには気づかれているだろう。


 ……お互い、好きだったなんて。全く、知らなかったな。


「ジャス」と優しい声で名を呼ばれると、胸がほわりと温かくなっていく。


 あと5日。アルメリアがこれまで我慢をしてきたレオナルドからの数々の非礼を含め、全て清算してやると笑う。


「ジャス、今度の夜会……婚約破棄をするまでは、エスコートは不要です! 私、一人で、決着をつけてくるわ!」

「いいのかい?」

「もちろん! あなたの隣に並ぶなら、多少の理不尽も跳ね返してこなくては!」


 ニコリと笑ったあと、少し不安そうにしている。アルメリアも一人で立ち向かうことは、怖いのだろう。


「大丈夫。くだらない婚約破棄の書状にアリアがサインをササっとしてくれたら、その後は、僕が全力で守ってあげるから。愛しいアリア。弟には悪いが、今までの報いだ。地の底より深い場所まで堕ちてもらおう」

「……とっても悪い顔。お父様にそっくりよ?」

「そりゃね? 僕の父はティーリング公爵。アリアのお父様だからね!」


 クスクス笑いあい、「必ず迎えに行く」と小さな子供のように指切りをして約束をする。


「この指環、僕が持っていくよ。当日、渡そう」

「せっかく、お守りにと思っていたのに……」

「他にも、アリアに似合う宝石は、用意したよ。どれもこれも綺麗だが、美しいアリアの前では、全て霞んでしまうかもしれないけどね?」


 残念そうに言えば、屈託なく笑うアルメリアと手を繋ぎ、中庭を一周する。離れがたいが、最後の仕上げもあるので、玄関まで送って僕も屋敷へと帰ることにした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?