本当にいつも通りの仕事をこなしていただけだった。
淡々と業務をひたすらを行う日々。
何の感情も湧かない、これが俺の日常だった。
ウチの会社は社会においても特殊だ。
フロント会社として表向きは不動産や芸能事務所、建設会社、イベント会社などを経営している大企業だが……裏社会の中では圧倒的支配者の下、法に触れるギリギリの事や、触れていることも沢山している。
……まあどんな仕事をしているかはご想像通りかな?
(ふふふ、でもこれが楽しいんだよね?)
俺は、愛情や執着という感情がすっかり抜け落ちているけれど、代わりに誰かが絶望をする姿を見るのが好きだった。
俺自身、誰かを心から愛したこともなければ、これから愛すはずもない……だからこそこの仕事に全力を注げるんだと思う。
(守りたいものがあったら弱くなっちゃうからね)
そんなことを考えながら今日も変わらない一日を過ごしていた。
◇◇◇◇
「今日はここか……五億の借金の保証人ね~」
この貸金業も裏社会の仕事の一つで、法律規定以上のかなりの額を、訳ありの人達に貸している。
しかし……さすがに訳ありということもあって、返済に困難になる事例も少なくはない。
まあ、人身売買が一番手っ取り早く、且つこちらへのマージンも多いわけで、それを狙って法外な金利で貸しているところもある。
そして、今日は二ヶ月程前からある男が姿をくらましたので、保証人である男のコーヒー店へ来た。
(怪しまれないようにしなきゃね)
~ カラン ~
「いらっしゃいませ~適当に座ってください」
あまりこちらでは聞きなれない、関西弁の独特のイントネーションでその男性は俺に話しかける。
「じゃあここに失礼しますね」
「はい、どうぞ~」
チラリと見渡せば、こじんまりした店内には客は数名しかいないようだ。
とりあえず俺はカウンターに座って、様子を見ることにした。
「何にします?」
「えっと、ブラック。ホットで」
「はい、少々お待ちくださいね~」
そういって話す店主の笑顔が眩しい。
そのままコーヒーを淹れ始めた男性の姿をよく見ると、資料よりずいぶん可愛らしい顔をしている。
アーモンド形の目にハニーブラウンの瞳。鼻筋の通った顔。それに笑うと目がなくなるぐらいクシャっと楽しそうに笑う。
一見華奢に見えるけど、身長百七十八センチある俺より少し低いぐらいかな? 茶色のエプロンと少し明るめの髪色がよく似合っている。
年は二十代前半に見えるけど? 資料では二十九歳になっているみたいだ。しかし全くその年齢には見えなかった。
(まさか俺が、債務者に興味をもっているのか?)
自分の感情に疑問を感じながらもコーヒーが出来上がるまでの間、何故か気になるその男性の動きをじっと見ていた。
「お待たせしました。熱いから気を付けてくださいね~」
「ありがとう……ん! これめちゃくちゃ美味しいね」
「え、ホンマですか? うわぁ~嬉しいです!」
ニコニコと笑う顔は太陽みたいに眩しくて、その場が急にパッと明るくなったみたいだった。
(これは……)
「ちょっ、み、見すぎですよ~」
「あ、ごめんごめん、あまりにも笑顔が可愛かったからさ」
「っへへへ、ホンマですか? ありがとーございます。でも、お兄さんの方がカッコイイですから!」
「え? あ、ありがとう」
そう言いながら、うっすら耳が赤くなっている男性を見て、何千回も言われたカッコイイという言葉に嬉しくなり、自分も無意識に笑っていることに気づいた。
ー それはとても心地いい時間だった。
それからは、この店に度々通った。
債務の取り立ての事を忘れているわけではないが、一応偵察と称して。
コーヒーの味を気に入ったのはもちろんだけれど、それ以上に想の人間性にも惹かれたからだ。
こうして
そして、この店にほぼ毎日通うようになり、想の事を知れば知るほど借金は騙されて出来たのだろうと俺の中で確信に変わっていった。
◇◇◇◇
今日は債務者の定例呼び出しの日。
債務額が大きな人や、社長が気になった人等……理由は様々だが、毎回十人ほどが呼び出され、社長が直接会い債務者達の処遇を決める。
そして今日のリストには想の名前があった。
想の借金額は五億だから、それほどたいした額ではないし、正直このコーヒー店と想を守る為なら肩代わりしようかな? なんて思っていたんだけど、状況はまずいよね。
多分だけど、想って社長のタイプだと思う。
想は、強気な部分と弱いところがあるけれどそれ以上に優しさを兼ね備えていて、情に
アラサーなのに庇護欲を感じる、ウサギのような男だった。
でも、ひとたびコーヒーを淹れだすとその姿は甘く……異性も同性も虜にする魅力を持っていた。
そこまでは社長も知らないが、実際見たら一目惚れなんていう事もあるかもしれない。
事実、写真を見て気になったから今回のリストに|想をわざわざ選んで入れてるのでは? とさえ感じていた。
(……それならますます社長と会わせたくない)
とにかく呼び出しは明日にしてもらい、それまでに想に借金の肩代わりの事を伝えようとしてた。
なのに! 急に電話が震えディスプレイには『
嫌な予感がするけれど、数回のコールの後、俺は意を決して出る。
「はい、なんですか?」
「多部ちゃん、ちゃんと今日連れて来てね?」
「いや、明日にするって昨日は言ってたけど」
「気が変わった。
「いや……」
「死にたい?」
「……はい、連れていきます」
社長は笑いながら話していたが、その声は本気だった。
(はあ、仕方ないなぁ……想はびっくりするだろうけど、どこかに売り飛ばすって言われた時に、俺が買いますって言ったらいっか。うん、そうしよう)
でもさ、それが叶う事は無かったんだよね。