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5 驚愕 


 社長と呼ばれていた、恐ろしいほどのオーラをまき散らす目の前の男性は、十人が十人美しいというほどの容姿をしていた。


 想よりは少し年下だが、とてもそんな風には見えなかった。 左右対称の顔、男らしさの中に少し可愛さも残している二重の瞳。身長はゆうに百八十五センチを超えているようにもみえる。

 日本人離れした容姿をしていて、表情を動かさなくても誰をも魅了しそうな程に整った顔。

 どの世界でも通じるような絶世の美形だった。


 しかし、まとわりつく只者ではない黒いオーラが、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


 想は圧倒されながらも何とか立っているが、それをチラリと社長の隣に立っている多部が心配そうに見ていた。


「最後は君だね。朝日向想あさひなそうさん」

「は、はい」

 多部と同じように社長の隣に立つ着物の男性が、資料をパラパラとめくりながら美しい声で想の名前を呼ぶ。

 この男もまた声だけではなく、しぐさの一つ一つが無駄なくとても綺麗な男だった。


「借主が逃亡、保証人の朝日向さんには五億の借金を返済して頂く必要があります。自分のお店をお持ちなので、立地的にも二億ほどで売れるでしょう……なので、残りは三億になりますかね?」

「えっ……」


 思ってもなかった提案に驚いた想は、今まで我慢していた涙をポロリと溢した。


「嫌です! お、おねがいします、店だけは売りたくないです! 何でもします! 一生懸命働きます!……やから」

「……と言われましても」

「そ、そこを何とか! 何とかなりませんか? あの店は俺の全てなんです」

 想はとめどなく溢れる涙を服の袖でぬぐいながら、困り顔をしている着物の男性に懇願する。

 涙を堪えながらさっきまで社長のオーラに充てられていた姿とは違い、そこには迷いの色がなかった。


「想……」

「多部ちゃ……」

 見かねた多部が、何かを言おうとした時、今まで様子を見ていた社長はじっと想を見ながら急に話しかけた。


「ねぇ、お前、いや……想には何ができる? 人と違う何かができるのか?」 

「っ、何もできないです! けど! お、美味しいコーヒーなら淹れれます」

「……」

「はははっ! いいねぇ~? コーヒーか……」

「えっ……」

 目の前にいる多部や夏目なつめと呼ばれていた着物の男性、それに黒スーツの男達全員が楽しそうに笑い出した社長に驚愕したように見えた。


「で、どうされますか?」

 多部が平然を装いながら、まだ口角が上がっている社長に問いかける。

「そうだな〜まあ、その容姿なら……男色家のじじいには高く売れるだろうな?」

「……でしたら、手配を」

「ん〜」

  いつもならこれで終了のはずなのに、何故か社長は想を見つめながら言葉を発さなかった。


「あ、あの……しゃ、社長さん……店は……」

「九条だ。九条連夜くじょうれんや

「く、九条さん! 店は! 店だけは守りたいんです! やから……」

「ああ、店は残してやるよ? ちゃんと返済するならな」

「ホンマですか! あ、ありがとうございます!」

 店を残せたことに喜びを噛みしめた想は、さっきまでぷるぷる震えながら泣いていたのも嘘のように笑顔になり、社長に頭を下げる。


「っ……」

「よかった〜」

 想はこれから何が待ってるかは全く想像はついてはいないようだったが、借金を全部返済した時は、またいつか店に戻れると信じていた。


「では、手配します。想行きましょうか? (大丈夫だよ、俺がこの後肩代わりしてあげるから……想、もう泣かなくていいよ)」

「はいっ」

 こうして想と一緒に応接室から出るために、多部がドアノブに手を掛けようとした時だった。


「あ、そうだ、想。行く前に一回コーヒー淹れてみてよ」

「えっ?」

「はっ?」

「えっ……?」

 社長の急な発案に想はもとより、多部と夏目も驚いた声をあげる。


「はははっ! ねぇ想、とりあえず今から淹れてきて?」

「っは、はい……」


 静まりかえった空間で、ただただ社長は楽しそうに笑っていた。



◇◇◇◇


 今日もいつもと変わらない債務者の定例呼び出しがあると思っていた夏目は、今夜はどうやら嵐になると思いながらも、先程目の前で行われた出来事に内心は驚愕していた。


「あ、あの、キッチン使わせてもろてありがとうございました」

「いや、全然構わないですよ」

「ふぅ……よし! 淹れるか」


 あの部屋で泣いていた想の顔とは全く違い、とても愛おしそうにカップへコーヒーを注ぐ。


 ただコーヒーを淹れているだけなのに、自然とその姿に夏目も目を惹かれていた。


 最近ずっと多部は想の店に通い詰めだったと、部下から報告を受けていた夏目は、コーヒーを淹れる想の姿を見て、きっと多部もこの姿を知っているだろうと思っていた。


「あ、あの、で、できました……えっと……」

「夏目と言います、夏目亮なつめりょう。朝日向想さん」

「ありがとうございます。えっと、では夏目なつめさん……出来ました。あ、あと俺も想で大丈夫です、敬語もいらないです」

 キッチンの中にコーヒーのいい香りが立ち込め鼻腔を刺激する。


「では想、出来上がったの?」

「は、はい」

「そんなに緊張しなくて大丈夫。きっと美味しいよ」

「夏目さん、ありがとうございます」

「ああ」

 そう言って、ふわりと笑う想の顔になぜか夏目も目を逸らせなかった。そしてその顔を見て余計に、社長はきっと想の事を悪いようにはしないだろうと、なんとなく感じていた。


「じゃあ行こうか、想」

「はい」


 こうして二人はボスが待つ応接室へと向かった。




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