「はあ……」
誰もいないことをいいことに、いつものようにくだらない債務者の選別作業にため息を漏らす。
毎回毎回、反吐が出る。
ここに借りる奴らは大抵がクズであり、嘘や綺麗事を並べては金を借り、返せなくなったら泣きついてくる。
同情なんてさらさらする気もなければ、こいつ等が野垂れ死のうが、どう生きようかなんてどうでもいい。
ただ、今日に限ってはいつもと一つ違う事がある。
それは最近、多部ちゃんが
多部ちゃんとの約束では、次の日に連れて来て貰う予定だったけど、
『気が変わった』
何故この時そんなことを考えたのかは分からなかったが、多部ちゃんに電話をかけ今からその男を連れて来るようにと指示をした。
ー この日呼び出さなければ、二度とこの男と出会う事は無かっただろう。
そう気付いたのは、ずいぶん経ってからだった。
◇◇◇◇
いつもの応接室で行われる定例会。
ここに入った瞬間から探しているのは、多部ちゃんが連れてきた男だった。
(……あれか?)
他の債務者達と一緒に絨毯に座り
最初は五十歳ぐらいの男だった。
子供の治療費にと貸した金を女性に貢いでいたようだ。まあ、こんな事は日常茶飯事だったので、返せる方法を提案した。
臓器は割と高いから、こいつのパーツを売れば子供の治療費ぐらいは稼げるかもしれない。
(ああ、俺ってなんて優しいんだろうか)
なぜか泣いて許しを
この女はAVにでも売り、稼いでもらってから返済してもらおうと思っていたが、やめた。
俺に色目使ってくる大層な自信に嫌気がさす。
確か
せいぜい売れて二億ってとこかな?
……こいつは男色家のじじいに。
……これはパーツだな。
……これは漁船にでも。
……
最後は、多部ちゃんに連れて来てもらった男か。
「最後は君だね。
「は、はい」
夏目さんが声をかけ、足元がおぼつかない様子でこちらへ来たのは、
夏目さんの説明を聞きながら、手元にある資料に改めて目を通す。
借金は騙されて出来たものだとは思うが、そんな些細な事はどうでもいい。
二十九歳には見えない、少し幼さの残る顔。アーモンド形でハニーブラウンの目と綺麗な鼻筋、薄い唇。
スラリとした体系で長い手足……華奢に見えるけど身長は百七十五センチはある。
そしてなぜか、この俺が目が離せないくらいの独特なオーラがあった。
「お、おねがいします、店だけは売りたくないです! 何でもします! 一生懸命働きます!……やから」
ー ドクン ー
とめどなく溢れる涙を必死に服の袖で拭きながら、夏目さんに懇願する姿に血が騒ぐ。
正直、俺の目の前で涙を流す奴なんて腐る程見てきたし、そんな些細な事で心が動くなんて今まで一度たりとも無かった。
けど……
何だこれは?
男だよな?
……可愛い過ぎないか?
目を真っ赤にさせてプルプル震えているその姿は、まるでウサギのようだった。
俺は無性に声がもっと聞きたくなって、気付けばこの男に話しかけていた。
「ねぇ、お前、いや……想には何ができる? 人と違う何かができるのか?」
「っ、何もできないです! ……けど! お、美味しいコーヒーなら淹れれます」
「はははっ! いいねぇ~? コーヒーか……」
思ってもいなかった返答をされ、思わず笑ってしまった。
(コーヒーねぇ~)
そういえばさっき店を売らないで! 何でもするって懇願してたけど? 何でもって意味わかってる?
イラッとするのは何故だろう。
気付けば男色家のじじいに売ろうかなんて嫌な事を言って想の表情を見つめるけれど、想は店の事ばかりを気にしていた。
そして何故か社長と呼ばれるのが嫌で、自身の名前を伝え「九条さん」と呼ばれると、ゾクっと体の奥から何かが込み上げてきたのがわかった。
店を残してやると言うとあからさまにホッとした表情をする。
泣いたり、驚いたり、感謝したり、笑ったり……感情が豊か過ぎて、想の表情をもっともっと見たくなり、多部ちゃんと出て行こうとする想をわざわざ呼び止めた。
「あ、そうだ、想。行く前に一回コーヒー淹れてみてよ」
俺の発言に多部ちゃんと夏目さん、それにこの部屋にいる部下たちが驚愕していた。
俺自身も何故こんな事を言ったのか驚いたが……コーヒーを飲めば分かる気がする。
「はははっ! ねぇ想、とりあえず今から淹れてきて?」
「っは、はい」
(楽しくなりそうだ)
この感情は一体何なのか知りたいが、今度は笑った顔を沢山見てみたいと思い、俺は夏目さんに連れられ応接室から出ていったウサギの後ろ姿をじっと見つめていた。