夏目と想がキッチンへ行ってる間に応接室から多部以外を退出させ、連夜は椅子の上で楽しそうに想の資料を読んでいた。
「多部ちゃん、想の事隠してた?」
「……」
「ふーん」
「想は、本当に良い子なんだよ」
多部の言葉の通り、想は優しくて、面白く、気遣いが出来る良い子だった。
誰もを惹きつける魅力を持っているのに本人は全然それに気付いてない。それがまた鈍感で可愛くて……店に居る客達は想の事が大好きだった。
そして、多部もまた想の魅力にハマった一人である。
この薄汚れた世界の中では、想はキラキラ輝いて見えた。
「多部は本当に冷酷非情だよね~時々怖くなるくらい」
夏目が多部に昔そんな事を言っていたが、まさにその通りで、債務者達がどうなろうと関係ないからと汚れた仕事も淡々とこなしていた。
しかし、そんな多部が『自分が守ってあげないと』……と思う程この数ヶ月で想の虜になっていたのだ。
「多部ちゃん? でもさ、
「っ……」
「……申し訳ご、ざいま、せん」
「死にたい?」
一変してその場の空気が変わる。
まるで、首元にナイフを突き付けられているような感覚……呼吸をするのも忘れるぐらいのヒンヤリとした空間に瞬時に
冷や汗がじとりと多部の背中をつたった。
若干数年で会長の後継者となり、九条の名を引継いだこの男の一言で全てが変わるのは誰もが知っているからだ。
他人がどうなろうと、
何を考えているかなんて誰もがわからないし、わかるはずもない……圧倒的支配者。
これが我がボスの
「なーんてね、怒ってないよ? ふふ。あ、多部ちゃんは想のコーヒー飲んだことあるんだよね?」
「……うん」
「そっかー楽しみだなぁ」
「気にいると思うよ……」
「まあね」
先程までのオーラはな無くなり、穏やかになった連夜を見て、一体連夜は想に何をさせるつもりなのかと、多部の頭の中はハテナマークでいっぱいだった。
◇◇◇◇
遡ること五年前。
「今日からこいつの下についてもらう。多部、夏目さんよろしくね?」
「
社長の
しかし、身に
それはもう……王者の
「よろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
「あ~多部、夏目さん、こいつの方が年下だし
「はい、もちろんです。俺の方が年下なので、三人の時は普通に話してもらいたいです。仲良くなりたいので。多部さん、夏目さん、よろしくお願いします」
そう夏目達に伝える連夜の顔は少し優しくなったように見えた。
「わかりました…あ、じゃなくてわかった。じゃあ俺も多部ちゃんで大丈夫だから」
「俺のことも好きに呼んでいいよ? 敬語もいらないし」
「はい、じゃあ、多部ちゃん、夏目さん改めてよろしく」
「ふはっ、よかったよ。連夜はさ、俺がずっと昔からお世話になっていた九条さんの忘れ形見なんだ。あ、今日は後から来るけど、腹違いの弟と一緒に養子として引き取らせてもらった」
「本当にありがとうございます」
「いや、俺も
「それなら、よかったです」
社長の
日本有数の大企業の社長ゆえ、後継者の問題があると二人の関係に反対をしていた人も少なくない。
しかし、こうして後継者が見つかり、煩いジジイ達はこれで何も言えなくなっただろうと、多部も夏目も心の底から祝福をしていた。
「連夜と今から来る
表の会社はともかく、裏を引き継ぐとなると……この連夜という男が只者ではないことは明白であり、辰巳も多くは語らないが、辰巳認めた逸材であることは確かだった。
「ごめんごめん、辰巳~お待たせ!」
「てる、遅いよ?」
「ごめんね〜。ちょっと用意に手間取っちゃって」
「鍵をかけ忘れたか不安で戻ったんだよ」
「っ、か、
「ふふふ」
遅れてやってきた
そんな輝久の後ろに、一人の少年が立っており夏目と多部の目の前に来ると、挨拶をした。
「は、はじめまして
「……え、天使?」
「っほんとに! 俺も思った」
まだ、十五歳という幼さが残る
あまりの可愛さに、連夜とは違い裏社会には全く似合わないと辰巳達以外は思っていた。
辰巳の方で跡を継がすといっても
そんな夏目達の心配を他所に、辰巳と輝久が自分達の子供として連夜と櫂を背負い、何があっても守って、共に生きていくことを決めた事を辰巳は包み隠さず、夏目達に話していた。
そして、あれから連夜は名実ともに完璧な九条グループの社長になった。
辰巳は会長となり、実質会社を動かしていたのは
連夜はもちろんだが、さすが血を分けた兄弟なだけある
こうして、九条グループは瞬く間に裏社会のトップへと登りつめた。