助手席でぐっすり眠る想を、悲しそうな目で見ている佐倉は思わず声が出た。
「騙してごめんね、想……」
その言葉通り佐倉が想に近付いたのは、佐倉のボスが探してた獲物だったからだ。
数か月前……あの九条連夜に見染められて、お気に入りの男が出来たというのは、裏社会の人間なら皆知っていた。
そのぐらい衝撃的な事件だった。
しかし相手は九条連夜。
命が惜しい奴等は傍観しているのがせいぜいだった。
ただ、ひとつ違ったのは九条連夜に大切なモノが出来ることをずっと待っていた人物がいた事だ。連夜を裏社会のトップから引きずり降ろす為に、虎視眈々と用意をしてた男が……
「あーあ、想に嫌われちゃうな……あ、多部ちゃんと夏目さんにもか」
悲しい顔で一人呟く佐倉は一筋の涙を流す。
佐倉は想に近付き、油断させるために数か月前から店に通っていた。
最初は想を油断させる為に通うただの仕事だと割り切っていた。
しかし、ほぼ毎日想や多部達とくだらない話をしたり笑い合うその時間は、佐倉にとっては止まっていた世界を色付けるものには充分すぎる程のものだった。そして、夏目や多部とも違う出会いならきっと仲良くなれたのかもしれないとかなわぬ夢を抱いていた。
(でも、俺も大切なモノを守る為にはこの方法しか無かったんだ)
「ごめん」
佐倉はもう一度想に謝ると、静かに目的地まで車を走らせていた。
◇◇◇◇
(……んっ、俺は何してたっけ? 確か佐倉君の車で話してたら、急に瞼が重くなってきて……あれ? ここはどこや?)
想は完全に覚醒していない頭でぼんやりと辺りを見回す。
「どこや、ここ……」
椅子に座らされているが拘束が無いことに気付くと、この場から逃げるべく椅子から立ち上がる。
「何処にも逃げれないよ?」
そこには金髪のフワフワ頭があった。
「さ、さくらくん?」
「あ、よかった……目覚めた? 気持ち悪いとこない?」
「う、うん……大丈夫やけど、な、なんなん? ここはどこなん? ってかなんで? 佐倉君は何者?」
パニクる想に、いつものようににっこり笑う佐倉だったが、その後ろには見たことがない一人の男性が立っていた。
「あ、
「ずっといるけど? 相変わらずうるせぇなぁ~あ、てかそいつが朝日向想?」
「そだよ~いつも言ってた通り、可愛いでしょ?」
「……俺にはよく分からないけど、連夜のお気に入りなんだよな?」
「そうみたいだよ」
佐倉に彰太と呼ばれた男は想に近付くと、まじまじと顔を見ている。
(連夜って言ってたけど、連夜さんと知り合いなんかな? 何なんや? こいつが誘拐犯? ってか、状況が全くわからんけど、これって誘拐やんな?)
「想、ごめんね……でも、大丈夫。事が済んだら家に返してあげるから」
「……事って?」
問いかけた想に佐倉は応えず、変わりに話しかけたのは先程の男性だった。
「あ、朝日向想……そ、その、あいつ……
「りょう?」
(亮って……確か夏目さん? 夏目さんと知り合い? でも、夏目さんの名前をそうそう口にする人なんて見たことない……俺も名前知ったん最近や)
「……おい! 聞いてる?」
「へっ? は、はい……」
何故夏目の事を聞いてきたのか、想は理解出来なかった。
「な、夏目さんは元気ですよ? 毎日ご飯も作ったり、してくれますし……」
「おまえ、亮の飯食ってんの?」
「えっ、は、はい……ちょっ」
そう言うと彰太は想の胸ぐらを掴み、睨みつける。
しかし、その顔は羨ましくて嫉妬しているような……少し寂しそうな顔だった。
「……んで、お、俺の事は……なんか言ってた?」
「いえ、な、何も……それに、初めて夏目さんに知り合いがいると今知りました」
「チッ、もういい」
「ちょっ、彰太? どこ行くの!」
制止する佐倉を振り切り、泣きそうな顔をしながら塩顔イケメンはドアの方へと歩きだした。
(えっ? なんかまずい事言ったかな? てか、夏目さんとどういう関係なんやろ……)
ー ガチャ ー
そんな空気を一変するように突然ドアが開き、屈強な男を後ろに数名引き連れたスーツを着た男性が部屋へと入り、佐倉達にも声をかける。
「ご苦労様、……それに夏目」
「はい」
「……」
(夏目?)
にこやかに微笑む五十歳ぐらいの男は想をチラリと見るとクククと笑いだし、ヒンヤリと場が凍りつく。
「君が朝日向想くんだね」
「……(コクリ)」
そして、その男はなんとなく連夜に似てるように想は感じていた。