その男が入った瞬間、凍り付くような緊張が走り、さっきまでの雰囲気が一変する。
「ふっ、連夜も見る目がないなぁ~ハッハッハ! まさかアイツがこんな普通の男にうつつを抜かすとは! 九条グループも落ちたものだ」
「……」
なんやこいつ。
初対面やけど、俺は一瞬でめっちゃ嫌いになった。
「まあ、連夜を失脚させるには丁度いいがな」
「失脚?」
「朝日向くんにはその価値がある」
この男、俺と連夜さんの関係勘違いしてる。
「……勘違いしてるど、俺にそんな価値ないで?」
「勝手に喋るんじゃねぇ!」
ー パンッ! ー
「った……」
(痛った……こいつ! 思いっきり叩いてきよった)
偉そうな男の隣に居た屈強な男に頬を叩かれ、思わず顔をしかめる。
「っ! 想には絶対手をあげないって言ってたじゃんか!」
そう言うと佐倉君が目の前の屈強な男性に掴みかかりに行き、そいつを殴る。だけど相手も負けてないようで、佐倉君の身体を軽々と持ち上げ床に投げつけた。
「っ……」
「佐倉君!」
佐倉君の綺麗な唇からは血が出てる。
「おい! やめろよ!」
「やめろや!」
気付けば、佐倉君の身体を庇うため塩顔イケメンと俺は屈強な男の前に立ちはだかっていた。
「……彰太……想……」
正直俺を連れてきたんは佐倉君やし、この状況も怖いし……痛いも嫌や! けど、なんか佐倉君を守りたいと思った俺は身体が勝手に動いてた。
「約束の話が違いますよね? ボスの言ってた通りに連夜のお気に入りをここへ連れてきたら、俺と佐倉は解放するって……」
「……はははは! それを信じてたのか? そうだよな~お前達はそれが望みだったもんな! はははは! 五体満足で解放されるって? こんなに俺達の事知ってるのに?」
「っ……」
「連夜さえ失脚すれば、お前らに用なんてないんだよ。今まで騙されてくれて、ありがとう。きっとこれが最後の別れになる」
「……えっ?」
「噓だ……ねぇ! 俺達を騙してたの? 解放してくれるんじゃないの?」
「するわけないだろ。連夜が俺達に手を出せないように、今まで人質として夏目の面倒を見ていたけど、それももうこの男がいれば用無しだからな」
俺をチラリと見ながら、ボスと呼ばれた男はひどく愉快そうに笑っている。
「っ……ふざけんな! 俺は、俺は……」
「はははは、彰太は今まで役に立ったよ? 連夜が手を出せないようにしてくれたんだから……ありがとう。あ、佐倉も頑張ったね、こうして朝日向想を連れてきてくれた。お前の店はあの世で再建しろよ? 向こうで大好きな家族やネコにも会えるから」
話がなんとなくしか見えへんけど、騙して俺を誘拐させて……仲間やのに、見捨てるってことか?
「……えっ? 噓だ! ……なあ、噓って言えよ!」
「嘘なわけないだろ? 佐倉、お前がそこの男と出会い、仲良くなってくれたのは俺の期待以上だった。だから、本当の事を教えてやった。お前の家族も忌々《いまいま》しいネコ達も
「っ! ……殺す! お前ら全員殺してやる!」
「はははは、出来るものならなっ? やれ!」
「はい!」
佐倉君はスーツの男に飛びかかろうとしたけれど、屈強な男達に止められ何度も殴られる。
「やめろよ!」
「やめろ!」
「ははははは」
一方的な暴力を止めようと、間に入った俺達も数名の男達に身体中殴られたり、蹴られたりで意識も朦朧としてくる。
(あかん、このまま死ぬんや……)
そんな事を考えながら、ただただ降り注ぐ暴力に耐えてた。
「……そろそろやめろ」
「はい!」
「っ……」
「あまり傷ものにするとこの後売れないからな? 俺には魅力が分からないが、なんせあの連夜を虜にした男なら高額で売れるだろうしな……はははは」
言い返す力も無いぐらいにボロボロにされて、床からそいつらの話を聞いていた。
「さて……この二人にもう用は無い。片づけろ」
「はい!」
そういうと俺以上にボロボロになった佐倉君と、塩顔イケメンを連れてこうとする。
(……アカン! このまま連れてかれたら、もう二度と会えへん気がする……)
「……っちょ、待って! おい、待てや!」
「……なんだ?」
「れ、連夜さんに愛されてる俺が今ここで舌噛んで、死んだら連夜さんは怒ってどうなるやろな……? お、俺が連夜さんに頼んだほうが失脚だってすぐ出来るやろ」
「何が言いたい?」
「……俺が協力するから、二人を連れていかんといて欲しい……じゃなきゃ今から舌噛む!」
(頼む! これしかこの二人を守る方法が考えつかへんねん……騙されてくれ……)
「……ふっ、確かにお前に死なれたら今は困るな……じゃあ、存分に協力してもらおうか。おい」
「はい」
屈強な男は佐倉君達を乱暴に俺の横に投げつけた。
「っ……」
「ゲホッ……」
「はははは、よかったな。しばらく命拾い出来て〜さて、とりあえず連夜に連絡をするか! ああこれでようやく、ようやく……全てが手に入る」
そう言うとボロボロの俺達三人を部屋に残し、鍵をかけると笑いながら男達は出ていった。
(助かった……でもこれからどうしよう……助けもこんよな。ああ、きっともう会えへんやろな……こんなんやったら素直になればよかった)
静かな部屋で我慢していた涙がとめどなく流れた。