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25 リンゴジュース【多部side】



「えっ……? さっき来た時には何にも言ってなかったよね?」

 いつものように想を迎えに行ったら、そこにはCLOSEの札がかけられてた。

 昼に来た時には、いつもの想だったはず……それに早く店を閉めるなら必ず連絡をしてくれるだろうし。



 胸騒ぎを感じながら、急いで連絡をするけれど聞こえて来るのは機械の音声だけだった。


(……何かあったんじゃ) 


 慌てて連夜に連絡をするが、電話口の声は酷く落ち着いて聞こえた。


「れ、連夜、想がいない! 店も営業時間なのに閉まってる」

「……ふーん」

「すぐに連絡したけど、電源が入っていないみたい。どうしよう……どこに行ったんだろ」

「多部ちゃん、とりあえずこっちに戻ってきてくれる?」

「わかった」

 連夜は特に驚いた様子も無く、冷静な声でそう指示をする。


 この仕事をしていたら、危ない事もたくさんあるけど……まさか何かに巻き込まれたんじゃないよね? 不安を募らせながら、とにかく連夜の所まで車を走らせた。



 ◇◇◇◇



「多部、どうやら想はさらわれたみたいだね……いや、違うか……騙されて店から出ていったが正しのかも?」

「監視カメラを見たが、十五時に金髪と約束をして早めに閉めたみたいだな」

「うん、多分佐倉が絡んでる」

 連夜の書斎で店内の映像を見ながら夏目さんと連夜が言う。


(……? 何で佐倉が? さらったって二人は言うけど……想と遊びに行く約束しただけかもしれないじゃん)


「なんで……」

「多部これ、佐倉のプロフィール。ネコカフェをしてるって言ってたけど、もうその店はずいぶん前に潰れているんだよね」

「まさか」

「俺もすっかり騙されてたけど……後ろ盾があったみたいでプロフィールが改ざんされてたんだ」

 夏目さんの話に、そんなのは嘘に決まってると思いたかったけど……見せられたプロフィールには、確かに佐倉のネコカフェは数年前に閉店している事が記載してあった。


「しかも、想と同じで身に覚えの無い借金を背負わされてる。そして……金髪のボスはこいつだ」

「……誰が何のために攫ったか決定的だね。佐倉はそれを知っているのか知らないのかはわからないけど……」

「そんなのどうでもいい! とにかく俺のモノに手を出すなんていい度胸している」

「……」





 そこに書かれていたボスの名前は、

 九条大河たいが


 それは忘れもしない、憎い男。


 夏目さんの大切な人を奪ったあの男だった。



 (でもまさか想が攫われるなんて……どうしたらいい? それにあっちには彰太がいるのにどうすれば)


 焦りの色が出た俺達を尻目に、連夜は余裕の表情を浮かべている。

 大切な想を奪われてるのに……連夜からは不安や心配の表情が一切見えなかった。


(想の事、大切にしてるんじゃないの? これは俺の勘違いだったのかな?)


「ははははは! やっとだ……」

 その時、いきなり笑い出した連夜に驚いたけど、きっと連夜なら何か考えてると信じたい。


(だけど、佐倉は……きっとただでは済まないよね)


 ふわふわの金髪を揺らしながら、多部ちゃーんと俺を呼び、いつも元気に笑う姿を思い浮かべると胸がチクリと傷んだ。




◇◇◇◇



「多部ちゃんって呼んでいい?」

「別にいいけど……」

「やったー! ねぇねぇ……多部ちゃん……」

 佐倉とは想の店に通っている時にカウンターで出会った。

 グイグイ話して来る、うるさい男だった印象しかない。

 見てくれは悪くないし、可愛い顔をしているけれど俺と性格は全く違う……正直苦手なタイプだった。


「佐倉くん、あんな〜……が、……で」

「えー想マジ?……ははは」

 想と楽しそうに話している姿をチラチラと店内の客達が見ているのは、きっとこの佐倉とも仲良くなりたい奴等もいるからだろう。

 まあ、当の本人達は全く気付いてないけど……


「あー佐倉くん、多部ちゃんと仲良くなったんや〜」

「うん!」

「別に仲良くは……」

「仲良しだよ〜ね、多部ちゃん」

「はぁ……」

 ぐいっと肩を引き寄せられ、想に笑顔でそう言う佐倉はホントに苦手だった。


 でも、俺は、想の事を調べる為に毎日店に通う必要があった……だから、佐倉の居ない時間を見ては足繁く通い詰めた。


 こうしてあまり顔を合わせない日々が続いたけれど、連夜が想と一緒に暮らしてからは迎えに行く機会が増え、佐倉と顔を合わす機会が自然と増えた。


ーーーー



 そんなある日、俺はいつもより体調がかなり悪かったが平然を装って想の店に来た。


「いらっしゃい〜」

「あ、多部ちゃーん」

「想……佐倉も、お邪魔するね」

「うん、あ、いつもの淹れるなー」

「ありがとう」

「……」

 珍しく佐倉が静かだったから、どうしたものかと顔を見ると何故か何も言わずにチラリと俺を見るとスマホに目線を移し、誰かに連絡をしているようだった。



「はい、多部ちゃん」

「ん、想ありがとう」

 しばらくすると、いつもの様に俺の前にホットコーヒーが置かれる。

 鼻腔をくすぐるその香りも、今日はそそられなかった。


(想に心配かけるわけにはいかないからね)


 こうして俺がコーヒーカップを持とうとした時だった。


「あー! 俺今日ホットコーヒーがラッキーアイテムなんだー! 多部ちゃん、俺のリンゴジュースと交換してよ〜」

「えっ?」

「佐倉くん、さすがに多部ちゃんも……」

「えー! いーじゃん、ねっ! 多部ちゃん」

「う、うん……」

「俺もまだ口付けてないし大丈夫だから〜はい、交換! ありがとー」

 佐倉の勢いに圧倒されながら、気付けば目の前にはリンゴジュースがあった。


(これなら……飲めるかも)


「……美味しい」

「俺もー! ホットコーヒー飲んだから、これでラッキーな一日になるはず! ありがとう〜多部ちゃん」

「佐倉……」

「あ、多部ちゃんコーヒーもう一杯淹れるし大丈夫やで? ほんま佐倉くん、あかんで〜多部ちゃん困らせたら」

「ははは〜ごめんごめん」


(想に注意されても、全く気にしてない様子だったけど……まさか……俺が体調悪いのがわかったとか? いや、誰にも気付かれた事ないんだよ? まさか……)


「もー! 佐倉くんは自由すぎやぁ」

「そうかも! 多部ちゃんごめん〜」

「いや、リンゴジュースも美味しかったし」

「よかった〜」

 そう言いながらニコリと笑った佐倉の顔を見て、ドキッと自身の鼓動が揺れたのが分かった。


(何これ……)



ー カラン ー


 その時、店のドアが開き聞き覚えのある声が聞こえた。

「あれ? 夏目さんどしたん?」

「近くに居たから、佐倉から来ないかと誘われたんだ」

「夏目さんやっほー! ありがとう」

「……夏目さん」

「佐倉は相変わらず元気だね。あ、そうそう……多部これ先に持って帰ってくれない?」

「?」

「じゃあよろしく。想、多部のコーヒーは俺が頂くよ」

「うん、じゃあ多部ちゃんまた来てな〜」

「またね〜」


 こうして、店の前にいた部下に連れられ……気付けば自室のベッドに横になっていた。


 あの後、夏目さんから「多部ちゃん体調悪そうだよ〜」と佐倉が連絡をくれたと知らされた。しかも夏目さん曰く佐倉はコーヒーが苦手らしい。


 なんだろう、この気持ち……胸がザワザワする。


 (でも……夏目さんと佐倉って連絡先交換してるの? 俺とはしてないのになんで?)


 何故かモヤモヤするこの気持ちに答えをまだ出したくなくて、俺は目を閉じた。



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