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第9話 ターゲットを決めました。

 レオと会う約束は、難なく決めることができた。

「カードにお返事するだけでよかったのね」

 あとはレオがリードしてくれた。そして会う日にちは、まだ学生のリズに合わせてくれた。

 王都は社交界シーズンに突入したばかりだというのに、王都で一番広いセントマイム公園は若い男女がひしめいていた。

 目的は男女の出会い、それも、互いに身元の確かな友人を紹介し合うという古式ゆかしい方法だ。その流れの中に、リズとアンナベルもいた。若いとはいえ美女が二人も揃うとなかなかの迫力があるため、注目のまとである。


 きょろきょろと落ち着かないレディは、鮮やかな赤いドレスを纏ったアンナベル。ボリュームのあるスカートと袖、大ぶりな首飾りというゴージャスな装いだが少しも衣装に負けていない。

 その傍らで薄いピンクのドレスを着たリズは敢えて無表情を装っていた。

 社交界のエチケット・ブックに則った振る舞いをする紳士淑女ばかりではないことを、リズは長年の経験から熟知していた。


 今も、馬に乗った小太りの中年男性がやたら親し気に、アンナベルにかなりしつこく話しかけている。ぱっと見ただけでは爵位が判然としないが、身に着けているものがそれなりに上等であるから、さほど身分は低くはないのだろう――が、社交マナーが大きく欠落している。

 通常、見知らぬレディに男がいきなり話しかけることはないのだ。声をかけたいときは、然るべき人物が間に入って、レディの意向を聞いたのちに引き合わせる。この男のように、


「レディ、ルビーのように美しいですな。公園の中には無数の令嬢が居ますが、あなたの存在は光り輝いている。誰よりも眩しい。どうです、我がコレクションに加わりませんか?」


 などとアンナベルに執拗に話しかけるなど、論外、言語道断である。しかも、話の内容が下品である。相槌に困ったアンナベルがちらちらとリズに視線を送るので、リズが強引に間に入って会話を引き取る。が、すぐにだらしない顔でアンナベルに近寄っていく。これでは社交界では後ろ指をさされまくっているに違いない。

 そのうち、アンナベルを強引に馬に乗せようとしはじめたので、リズはいよいよその男が許せなくなった。

 当のアンナベルは、思わぬ男の動きに体が硬直してしまって、されるがままになっている。アンナベルがいくら優秀な学生とはいっても、まだ社交界を経験していないレディなのだ。そのような年若いレディばかりを狙っている男に違いない。

 リズは、きりりと眉毛を吊り上げて不躾な男の手を、そっと払った。

「お引き取りください」

「なんだね、君はさっきから。私を誰だと思っているのだ」

「わたくしたちは、ここで待ち合わせをしています」

 リズのきっぱりした言葉に、男はむっとしたらしかった。

「ほう? 誰とだね?」

 男が、口元に嫌な笑みを貼り付けてリズを見下ろす。

「侯爵家のレオンハルト・ゲーアハウス・シェーバーさんですわ。ご存知よね?」

 名前を出した途端、その男の顔が引きつった。ははは、と渇いた笑いで後退る。リズとアンナベルが思わず顔を見合わせてしまうほどのうろたえっぷりだ。

「し、失礼した。私のことはできれば閣下には伝えないでいてもらえると助かるよ、ではな」


 ぽかんとする二人をその場に残し、妙な男は馬で慌ただしく去っていった。

「ねぇ、アンナベル……今の男、レオさまのことを閣下、って言ったわね……」

 リズの腕にすがったままのアンナベルがリズの呟きにこくりと頷く。

「正式な場でもないのに変よね。何か、格式ばった間柄なのかしらね……アンナベル、何か心当たりある?」

「いいえ、さっぱり……」


 レオが何かおかしな人物なのだろうか。大変な女たらしであるとか浪費家であるとか、裏社会と繋がっているとかーーだとしたら、アンナベルを紹介するわけにはいかない。今すぐここから立ち去る必要がある。


 リズは本気で、傍らにいる、ある意味とてもとても年若い友人を悪しき男どもの手から守らねばならないと思っていた。

 令嬢のトップを争うライバル関係だが、アンナベルを貶めたり傷つけたりするつもりはまったくない。彼女にも幸せになって欲しいと思う。


 そうこうしているうちに、やあ、と、片手をあげながら青年が集団でやって来た。その先頭にいるのが、レオだ。

「やあやあ、待たせたかな?」

 リズは、レオの朗らかな雰囲気にほっと胸を撫で下ろした。

「お待ちしておりましたわ」

 社交界のマナーに則って互いに挨拶をし、レオが、自分の友人たちにアンナベルとリズとを紹介する。

 どうやら男性陣はアンナベルとリズ二人のことを既に知っているらしい。喜色満面である。

 そしてたしかに、約束どおりにレオは友人を連れてきていたのであるが、その人数が常識から少し外れて大勢だった。彼らは、紳士的な『紹介者』であるレオを押しのけて、アンナベルとリズにわっと迫った。


「ひゃ、あ!」


 同世代か少し年上の男たちにぐいっと近寄られてアンナベルは思わずリズの影に隠れてしまう。

「レオさま、レディ・アンナベルはまだ社交界デビュー前よ! はしたない真似は許さないわよ」

「おっと怒るなよ、仕方ないだろ? こんな美人二人と一気に知り合いになれて大喜びなんだから」

 苦笑しながらレオが友人たちを押し下げる。

「……まったくもう。アンナベル、彼らの誰かに噛み付かれそうになったら言うのよ。わたくしが、追い払いますからね!」

 リズが腰に手を当てて言うと、レオの友人の一人がけらけらと笑った。

「勇ましいレディだ。頼りがいがあるじゃないか」

「ええ、わたくしこう見えても、護身用の剣が使えますのよ。大切なお友だちを守るためなら容赦なく抜きますわ!」

「ほう。今度、手合わせを願いたいな」

「よろしくてよ!」

「では今度、うちの屋敷の鍛錬場でどうかな?」

 男女のデートが剣の試合かよ、と、誰かが突っ込みを入れ、その場が一気に和んだ。

「確かにロマンに欠けるな。だが剣は楽しいぞ。レディ、ぜひ一緒にやろうじゃないか」

 と笑っている彼はーーリズは魔法をこっそり使う。ライセン侯爵家の嫡男シュテファン・ゾンマーフェルト・ライセン。

 リズの視線が、彼で止まったことに気付いたのだろう、レオがにやりと笑った。

「彼、いいだろう? この国で一番の有望株……いや、皇太子がいるから、その次かな? とにかく、将来は皇太子の側近になるだろうし、金髪碧眼で背も高い。剣術も勉強も問題ない。気持ちのいい男だよ」


 ターゲット、確定。

 今生では、彼の妻になって幸せな人生を送って見せましょう!


「ところでレオさま、あなたが本当に良い人だとわかったから後日、アンナベルを改めて紹介するわ。彼女、いい子でしょう?」

 ああ楽しみにしているよ、と、レオはにこにこと笑った。


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