「はカせ、僕は――なゼ、ドおしテ」
ノイズ混じりの音声で博士に話しかける男性型のアンドロイドは、瞳の色がチカチカと変わっては光が時々消えている。
「またダメだったか」
「はい、データは保存済みです」
83がそう言うと、多くのコンピュータ画面の一つが切り替わり、座り込んでいるアンドロイドの顔と番号、これまでの記録が表示された。
「何が悪いんだ」
博士はほんの少し声を荒げた。
「処分を頼む」
「かしこまりました」
83がコードを耳に繋ぐと、ノイズ混じりの音声は消え、アンドロイドの瞳は光を失った。83がそれを軽々と担ぎ上げて部屋を出ていくと、博士はため息を漏らしながら椅子に座り、頭を抱えた。
「兄さん、何がいけないんだ。教えてくれ」
博士には兄さんと呼ぶ人がいる。いや、いた。母親に捨てられ、養護施設で育った博士――
そんな彼は十歳になる頃、無慈悲に虫や小さな動物を研究するようになった。森に行っては何かを捕まえてきて、施設長に怒られていた。
ある日、倫太郎が森でウサギを捕まえて観察していた時、美しい男性に話しかけられた。
「そんなことをしたら可哀想だ」
優しい笑顔でウサギを抱き上げると、ゆっくりと撫でてから森に返した。
「観察したかった」
「どうして?」
日本人らしくない顔立ちに翡翠色の瞳がとても似合っていた。
「わからないんだ、わからない」
倫太郎はなんとも言えない表情で男性を見つめた。
「僕は君と仲良くなりたいな」
男性はおいでと手を差し伸べ、倫太郎をある建物へ連れて行った。
◇
「兄さん、これ借りてもいい?」
倫太郎は男性に引き取られ、一緒に暮らして五年が経った。男性は養護施設に多額の寄付をしている家系の一人だった。ハーフの彼は飛び級で大学を卒業し、研究職をしていた。二十三歳とは思えない程の落ち着きと知識を持った彼は、倫太郎を弟のように育てた。
「倫くん、この前高校生になったばかりなのに随分難しい本を読むね。好きなだけ読んでいいよ。知識は君だけの財産だからね」
「ありがとう、兄さん」
そう言った倫太郎は兄さんと同じように優しい笑顔をしていた。
◇
「彼、まだ若かったのにね」
「難病だったそうよ」
「海外でも治療法がなかったとか」
「ご家族も諦めていたらしいわ」
兄さんは死んだ。まだ二十四歳だった。僕の知らないことをたくさん教えてくれた、たった一人の家族だったのに。僕を置いていなくなってしまった。僕はまた一人だ。
◇
それから数年、倫太郎は心を失ったように表情をなくした。知識は財産だと言った兄さんの言葉が耳から離れることがなく、倫太郎は取り憑かれたように本を読んだ。
――キイ
ドアの軋む音がして、倫太郎が振り返ると、いつもの書斎の本棚が少しずれていた。覗くと奥に廊下のようなものが続いていた。
引き込まれるように進むと、大きな研究室のようなものがあった。距離的に森の中にあるようだった。そこにはいくつものモニターと研究データがあった。
そう、のちの倫太郎、深井博士の研究所になる場所だった。
◇
「音声クリア、視覚もクリアだ。83」
83番目に作ったアンドロイドを起動させ、コンピュータからデータを移行する。
ゆっくりと顔が上がるとその瞳は綺麗な紫色で輝いていた。女性型のアンドロイドは倫太郎の顔を見つめ、何かを高速処理しているようだ。
「情欲係数規定値未満。対処は不要です」
「ああ、異常ないな。その機能は使わない」
「かしこまりました」
83の瞳は紫から薄い青に変化し、一糸纏わぬ姿で立ち上がった。
「これを着て、部屋は向こうだ」
倫太郎に渡された服を無駄が排除された動きで着ると、指を差された方に向かって歩いて行った。
「今回はどうだろうな。兄さん」
◇
こうして作られた83はバグが起こることなく、無感情無表情、まさにアンドロイド、というほぼ完璧な個体となった。セクサロイド――性処理用アンドロイド――の機能もつけたのはいつか販売できないかという出来心だったが、使用する機会はなかった。
優秀な助手として83をそばに置くようになった倫太郎は、今まで以上にアンドロイドの作成に力を注いだ。作る個体はいつも似た顔立ち、背丈、瞳の色だった。
83の前に作られた個体は、どれも似たような男性型か83と同じ顔の女性型だったが、どれも廃棄されてしまっていた。
「情欲係数増加、直ちに対処します」
突然83の瞳の色が紫に輝き、軽々と倫太郎を担いで寝室へ連れて行った。
「必要ない、今すぐ中止しろ」
「測定結果に誤りはありません。対処が必要です」
「寝不足で疲れているだけだ。必要ない」
「生存本能です。測定結果に誤りはありません。対処します」
83は慣れた手つきで倫太郎の服を脱がしていく。抵抗するのも面倒な程に疲れていた倫太郎は身を任せた。
その時からセクサロイドの機能も時折使用するようになったが、ただの作業でしかなく、倫太郎の心は失われたままだった。