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第4話 出会い(渚)

 さて、寮まで戻るぞと気合を入れて帰路をたどる。

 100メートル近く続く雑木林を抜けていかなければならないのが正直ちょっと怖い。昼間だというのに視界が薄暗いのだ。おばけが出そう。

 駆け足でしばらく行けば、目の前の道を遮るようにして人影が三体立っていた。全員女だ。

 何者だろう。相手の顔にはこちらを威圧するような負の感情が張り付いている。


「すみません、ちょっと通していただけますか」


 三人の間をすり抜けようとすると、ガッチリと腕を掴まれた。

 そして、振り回すように乱暴に腕を引き、その勢いのままみぞおちに思い切り膝蹴りを当てられた。


「い……ったぁ……」


 思わずお腹をおさえて跪いた。じわりと痛みが広がっていく。胃の中のものが出てきそうだ。


「アンタ、入学式でも目だってたわねぇ! なにその汚い髪色!! もしかして異人!?」


「翠のマネージャーは翠の人間がやんのよ。ヨソ者がしゃしゃり出てくんじゃないよ!」


 背を丸めて呻くことしかできないウチを、女達は容赦なく蹴りたくる。蹴って蹴って、トドメにバケツで水をかけられた。


「西園寺さまと何話してたのよ? 抜け駆けは許さないんだから」


 般若の形相でこちらを睨みながら、女はウチのスクールバッグの中身をあさりはじめた。

 そして取り出したのは、ついさっきもらったばかりの入部届け――。


「やめろ!! 返せ!!」


 痛むみぞおちを押さえながら、立ち上がって奪われたものを取り返そうと手を伸ばす。

 が、その手に思い切り小刀をつきつけられた。鮮やかな血が噴き出し、ウチはその場にしりもちをついた。


 すると、嘲りと悪意に満ちた表情で、ボスらしき女がビリビリと入部届けを引き裂き、地面にばらまいた。

 細かく破られたそれは、紙ふぶきのように舞いながら地に落ちる。


「ハイ、入部届け無効――!!」


「きゃはははは!! いい気味!!」


「再発行はないからね! これでアンタは入部できませーーーん!!」


 甲高く勝ち誇った笑い声が林に響く。

 雑木林は閑散としているけれど、絶えず人通りはある。

 そそくさと目をそらしながら脇を走り抜けていく女子たちと目が合った。

 彼女達は、いくらか罪悪感の芽生えたまなざしでこちらを見たあと、すまなそうに一礼して去っていった。


「誰も助けないよ? 入部届けの奪い合い、削りあいは毎年あるんだもの」


「油断したアンタが悪いわ。ライバルを蹴落としてもいいっていう暗黙のルールがあんの」


「じゃあねぇ、異人さん。アンタなんか帰宅部がお似合いよ」


 下卑た嘲笑を浮かべながら、三人は寮へと戻っていった。

 その場に残ったのは、ビリビリに裂かれてパズルのピースのような有様の入部届け。


 どうしよう。なんとか貼り付ければ直せるかな。

 このまま諦めるなんて絶対にできない!!

 せっせと散らばったピースを拾い集める。張り合わせるならセロハンテープが欲しいところだけど、きっとこの世界にはないだろう。


「どうしよう……」


 かき集めてこんもりと山になった紙切れを抱えて、私は大きく嘆息した。



「ここまでやるとは、マネージャー志望も大変だね」


 突然背後から聞こえてきた声にびくりとして振り返ると、そこに立っていたのは月ヶ瀬さんだった。


「あ! あの……すみません、お恥ずかしいところを……」


 傷だらけで、びしょ濡れで、とても顔を合わせられるような状態じゃない。

 よりによって、どうしてこんなところで憧れの人に出会わなきゃいけないんだ。

 あまりにもみじめで、私は俯いてこみ上げてきた涙をぐっとこらえることしかできなかった。


 砂地をすって月ヶ瀬さんが歩みよってくる。心臓がばくばくと高鳴って壊れそうだ。

 だめだ。泣きそう。きっと情けない奴だって思われてしまった。


 下を向いて震えていると、月ヶ瀬さんはウチの前に片ひざをついてこちらに掌をかかげた。


「――月佳の加護を」


 よく通る澄んだ声で一言唱えると、全身痣だらけだったウチの体は一瞬で綺麗になった。すっと痛みまでひいて、あまりの事態に仰天して顔を上げる。

 すごい、これって魔術だ!!


「あ、ありがとうございます。私なんかのために治癒術を……」


「先ほどの女子たちが話していたように、入部希望者同士の戦いは暗黙の了解。本来ならば部員が手をさしのべることは許されないんだけどね」


「ではなぜ……?」


「あくまで僕の考えだけど、マネージャー希望者はふるいにかける必要はないと思ってる。多く入ってきても次々に辞めていくからね」


 なるほど。そう言われてみれば、漫画でもマネージャーは2、3人しか描かれていなかったっけ。そこまで減るものなんだな。


「そうだったんですか。でも私は絶対にやめません! どうしてもマネージャーになりたいんです!!」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。けれど君、入部届けはどうするの?」


 月ヶ瀬さんは、バラバラにちぎれた入部届けを見て眉尻を下げる。


「なんとかつなぎ合わせたいと思ってます」


「そうか、まだ諦めていないんだね」


「諦めるなんてとんでもないです。どうにかして解決してみせます!!」


 鼻息荒く意気込みを語れば、月ヶ瀬さんは柔らかく微笑んでくれた。


「ではひとつ助言をしよう。図書館の魔術教本を調べてみて。それを修復できる方法がきっと見つかるよ」


「なるほど! 魔術で治すんですね!! すぐに調べにいきます!!」


「頑張って。君の入部を待っているよ」


 月ヶ瀬さんは立ち上がってローブの裾を払い、そっと手を振って部室のほうへと去っていった。

 しばし、呆然としてその場で石のように固まってしまった。

 す、すごい! 月ヶ瀬さんとお話してしまった……!!!

 ひどい状況のファーストコンタクトだったけれど、泣かず慌てず、それなりの受け答えができてよかった。

 別れてすぐにどっと汗が噴き出し、心臓はバクバクと壊れんばかりに鼓動を打ち鳴らしている。月ヶ瀬さん、美声だったなぁ。


「よし! 図書館に行くぞ!!」


 立ち上がって気合を入れなおすと、ポケットに潜んでいたリンリンが、おー! と腕を振り上げてくれた。この子に怪我がなくてよかった。

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