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第33話 従者の募る想い

Szene-01 ダン家、食卓


 朝食を済ませたダン家では、平和な朝を満喫し、皆くつろいでいた。

 ティベルダは、目をオレンジにしてエールタインの腕にしがみついている。


「ティベルダは起きてからずっとオレンジね」

「昨日の夜寝る前からずっとオレンジなんだ。朝起きたら戻っていると思っていたけど……そのままだね。ずっとヒール状態だからボクは元気になっているよ」

「んふふ、エール様ぁ」


 主人の腕に頬ずりをして楽しんでいるティベルダは、エールタインへの懐き方に拍車がかかっている。


「エール様への気持ちによって目の色が変わるのかしら」

「うん。ボクに向けて普段とは違う気持ちがあふれるとオレンジになるみたい。でも最近、この状態から戻りにくくなっていてさ」


 エールタインは、ティベルダの高揚抑制として、唯一知っている方法――そう、キスをしていた。

 ところが近頃、キスをしてあげるといったん青色に戻るのだが、すぐにオレンジ色へと変わってしまう。


「でもこうしているティベルダって可愛いでしょ? だからさ、このままでもいいのかなって」

「どうなのでしょう。ダン様はどう思われます?」

「うーむ」


 腕組みをして悩んでいるような恰好をするダンだが、どうも顔に真剣さが見受けられない。


「そうだなあ。エールが困らず、剣士としての行動に支障が無ければいいんじゃないか……正直言って、わからん」


 ティベルダ以外の三人は、ダンの言葉を聞いて、苦笑いを並べた。


「ダン様に女の子の仲について聞いても無駄でしたね」

「なにっ! む……無駄まで言わなくてもいいだろう」

「では分かるのですか?」


 ヘルマが、意地悪な笑みを浮かべて主人に問う。

 ダンは、ヘルマの表情には一切気付かず、腕組みをしたまま断言した。


「……わからん」


 三人とも互いの目を合わせると、同時に「ほらね」と口にした。


「エール様は、ヒールを流し続けられたままでも大丈夫そうですね。慣れたのでしょうか」

「なのかな。今は心地よさだけを楽しめている気がするよ。気が付くと身体の痛みだとか悪い所が治っていてさ。初めは不思議な感じだったけど、今では普通になったから、無いと寂しくなる」


 ティベルダの腕への頬ずりは、肩まで移動していた。


「ティベルダ、そろそろ頬っぺたが痛くならない?」

「なりませんよぉ。治していますからぁ」

「痛くはなっていたんだね」


 ティベルダは、エールタインへの甘えを止める気配はない。

 主人が受け入れているので、主従関係であるように見えなくなりつつある。


「もう姉妹としか思えないですね」


 ヨハナは、ティベルダのいつも捲りあがり気味なワンピースの裾を直しながら言った。


「いいんじゃない? 家族らしくて。私たちは家族だから」


 ヘルマの言葉に皆がうなずく――甘えることに夢中なティベルダは除く。

 ダンの家で生活している全員は、血のつながりが無い。そう、他人同士だ。

 心が通じ合うか合わないかは紙一重だが、五人の絆は非常に強いものとなっている。

 まさに『出会い』という偶然が起こした奇跡。


「そう言われるとボクたちって相性がいいよね。デュオだけじゃなくてみんな仲がいいって素敵だよ」


 エールタインの言葉を聞いたヨハナは、思わず後ろを向いてエプロンを目元に押し当てた。

 ヘルマも、自身の主人に安堵した表情で振り向き、主人であるダンは黙ってうなずいた。


Szene-02 ダン家、ダンの部屋


 話が弾んだ食事も済み、ダンはヘルマと自室にいた。

 食後に聞いたエールタインの言葉について、振り返っている。


「エール様があのようなことを思ってくださっていて良かったですね」

「ああ。少しはアウフが望んでいた通りに出来ているのだろうか」

「アウフ様は同じ考えを持つダン様だからこそ託されたのですよ! それを踏まえつつダン様の思う家族にして欲しいと願われたのだと思っております。きっと今の生活を見て喜んでおられますよ」


 ダンは、ヘルマの肩へ手を乗せる。


「お前がいなければ叶わなかったことだ。俺一人ではアウフのことを引きずりっぱなしで何もできなかっただろう。感謝する」

「勿体ないお言葉です」


 二人は、静かに互いを労っていた。


Szene-03 ダン家、エールタインの部屋


 ティベルダは、相変わらずエールタインにくっついている。

 エールタインは、それを楽しみつつも、修練をしたくてそわそわしていた。

 すると、何かを思い出したティベルダが、ハッとして声を上げた。


「あ!」

「何、どうしたの?」

「お約束……」

「約束……あ」


 そう。

 ルイーサと話をするという、約束の日である。


「えーと、鐘が鳴るころに泉広場だったよね。今からなら間に合うか」

「思い出せて良かったです。お約束は守らないと」

「そうだね。思い出してくれてありがとう。まだあの人のことよくわからないんだけど、一緒に戦ってくれたしね。早速着替えて行こうか」

「はい!」


 ティベルダは、助手として役に立つことができたと喜び、満面の笑みを浮かべて着替え始める。

 エールタインは、見習い剣士とはいえ、外出するときは、それなりの装備を身に付けなければならない。

 突然の招集にも対応できるよう、常に戦える身なりと心構えでいるよう教え込まれている。


「行けるかい?」

「行けます!」


 もっと役に立たねばと気合の入るティベルダは、エールタインの手を掴んで玄関へと向かう。

 しかし、散歩中に何かを見つけた犬のように、エールタインはピタリと足を止めた。


「おっといけない。ヨハナぁ、人と会う約束があったから泉広場に行ってきまーす」


 エールタインの発した言葉は、玄関の閉じる扉に消されながら家内に届いた。


「そうでしたか。お気を付けて……あら、もういないわ」

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