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【短編小説】新しい道
【短編小説】新しい道
遠藤良二
現実世界現代ドラマ
2025年03月11日
公開日
4,172字
完結済
 今日は妻の誕生日。何をプレゼントしようか迷っている。バッグがいいかな? それとも、宝石がいいかな? まずは店に見に行こう。  俺は山下吾郎、三十五歳。妻は美津子といい三十二歳になる。  店に見に行くのは仕事が終わってから。仕事中も何がいいか思案していた。仕事に集中できない。

第1話

 今日は妻の誕生日。何をプレゼントしようか迷っている。バッグがいいかな? それとも、宝石がいいかな? まずは店に見に行こう。


 俺は山下吾郎やましたごろう、三十五歳。妻は美津子みつこといい三十二歳になる。


 店に見に行くのは仕事が終わってから。仕事中も何がいいか思案していた。仕事に集中できない。


 とりあえず十八時に仕事を終え、退勤した。帰りにデパートに寄ってバッグを見てみた。値段はピンキリ。黒い本革のバッグにしよう。値段はまあ、安くはない。でも、愛する美津子のために奮発した。


 だがだ。デパートから出て来てまず最初に目に飛び込んできたのは妻と知らない若い男が一緒に歩いているところだった。あの男は誰だ? 友達か?  友達にしては随分若い男だな。誕生日だから会っているのか? 俺はあとをつけてみることにした。


 見つからないようにあとをつけると、住宅街にやって来た。そして、マンションの一室に入って行った。もしかして……浮気……? もし、そうなら美津子のために高いバッグを買った俺は馬鹿みたいだ。だんだん腹が立ってきた。この日のために密かに貯金していたというのに。


 マンションの裏を見た。カーテンがひいてあって中は見えない。とりあえず俺は帰宅することにした。妻が帰って来たら話しをしよう。


 約一時間後。妻は帰って来た。

「あ、帰ってたのね。ごめんね、ちょっと出掛けていて」

 美津子は男と一緒にいた、ということは言わない。俺に隠し事か?

「俺、見たぞ」

「え?」

 俺はまた腹が立ってきた。それを抑えながら話した。

「お前が若い男とマンションの一室に入って行くところを」「……」

 妻は黙った。そして、

「あなた、私のことをつけてたの?」

 美津子は驚いたような表情で俺を睨んでいた。

「ああ、そうだ」

「あの、それは、今日、わたし誕生日だから友達からプレゼントをもらったの」

 妻はプレゼントを見せてくれた。それは何と俺が買ったバックと同じものだった。

「俺もお前に誕生日プレゼントあるんだけど」

 すると美津子は笑みを浮かべて俺をまっすぐに見た。俺はデパートの袋に入っているバックを渡した。中を見ると、妻はハッとした。

「このバック、友達がくれたものと……同じ」

「美津子はどっちを取るんだよ? まさか、男からのバックを取らないよな? どっちか選んで残ったバックは捨てろ! さあ、どっちを捨てるんだ!」

 妻は俺の様子を見ながら、男のバックを手に取り、

「このバックを捨てるわ。あなたのバックをもらう」

「当たり前だ!!

 ていうか、お前、あの男と浮気してるんだろ!?」

 美津子は焦った様子で、

「いや……あの……そうじゃなくて……」

「俺を騙そうたってそうはいかないぞ。俺の目は節穴じゃない!」 頭にきた俺は美津子の頬を張った。

「キャッ! ちょっと何すんのよ。暴力はやめて」


 俺は寝室に行き、

「おい! こっちへ来い!」

「なに?」

「全裸になれ!」

「え? 何をする気?」

 妻は疑いの目で俺を見ている。

「いいから早く!」

 美津子は渋々全裸になった。

「ベッドの上に横になれ!」

「ちょっと、ほんと、何する気?」

「言う通りにしろ!」

 妻は横になった。俺は用意してあったロープで妻の両腕両足を四隅に縛り付けた。

「こんなことしてどうする気?」

 妻が不安そうな顔をするのが堪らなく可愛いと思った。

「お前が浮気をした制裁を加える」

 俺は誕生日用の蝋燭ろうそくに火をつけ、太腿に垂らした。

「あっち! ちょっと火傷しちゃう。やめて!」

 妻は暴れた。だが、ロープはほどけることはなかった。


 その他にも、顔、胸、腹、すね、に数滴ずつ蝋燭のろう垂らした。すると妻は、

「熱いってば! やめてよ、ロープ解いて」

「それは駄目だ! 今から二十四時間そうしてろ。トイレには行けないな、そこで漏らすか我慢しろ!」

 今日は美津子の誕生日だから、本当はこんなことしたくない。でも、浮気されて祝う気にはなれない。

 俺は笑いながらその場を去った。いい気味だ。俺を裏切るような真似をすると制裁が下る。明日にでも美津子はその若い男とは別れさせる。このままズルズルと俺に黙って付き合いはさせない。別れても陰で交際していることがわかったらもっと酷い仕打ちを与えてやる。


 翌日。朝になり俺は美津子の様子を見に行った。既に目を覚ましており、やはり我慢出来なかったようで、おねしょをしていた。今は冬で布団もかけてやらなかったから寒かっただろう。ストーブもないし。それも制裁の一部だ。

「どうだ? 辛かっただろ?」

「……もうこういうことはやめて」

「それはお前の行動次第だ。今日、その男に別れを告げてこい」「……わかった」

「俺に隠れて付き合おうだなんて思うなよ。わかるんだからな。もし、そういうことをしたら今回よりもっと酷い制裁を加えるからな」

 妻は黙っている。

「聞いてんのか? 聞いてるなら返事をしろ!」

「……わかったわ」


                  *


 わたしは浮気相手と別れる気はない。夫の吾郎は、「俺に隠れて付き合おうだなんて思うなよ。わかるんだからな」 と言っていた。吾郎が仕事中に会えばバレないはずだ。ただ、浮気相手の信二しんじも仕事をしているから、会えるかどうかはわからない。LINEでやり取りするか。


                   *


 俺は美津子の両手足のロープを解いてやった。部屋の中は尿の臭いがした。ベッドの敷布団とシーツはべちゃべちゃだ。

「コインランドリーに行って布団洗ってこい」

 俺は妻に命令した。

「わかってるよ」

 何となく美津子は元気がない。寒さと尿意を我慢して、挙句の果てにもらしたというのが応えたのかもしれない。いいざまだ。


 今日、俺は仕事が休みだ。スーパーマーケットの主任をしている。俺は大学を卒業し、この店に最初から正社員として入社した。部門は水産で魚を裁くところから始まった。それから数年水産で勤務し、主任に昇格した。何度、包丁で手を切ったかわからない。でも、そんな苦労を乗り越えて主任になった。その時には既に美津子と交際していた。このスーパーマーケットで知り合い仲良くなった。「交際しよ?」と言ったのは美津子の方だった。積極的な女性だと思った。俺はすぐに、

「こちらこそ是非、付き合って欲しい」

 と伝えて、約二年後に籍を入れた。


 最初の一年は新婚というのもあり、お互いのことを思いやり、多少不快に思っても許していた。今は結婚十年目。言いたいこと言う仲になり、遠慮もすることはなくなった。今回、美津子に制裁を加えたのは初めてだった。もう、お互いを思いやる気持ちは皆無だった。でも、俺は離婚する気はない。ああでもない、こうでもないと言い争いはあっても、やはり俺は妻のことを愛していた。でも、美津子はどうだろう。今回の制裁で俺に対する気持ちに変化があったかもしれない。訊いてないからわからないけれど。


 俺のことが気にいらないのか、美津子は浮気までするようになってしまった。許されない行為だけど、これからも結婚生活を続けるには許すしかない。でも、また浮気をしたら、こんな制裁じゃ終わらない。もっと過酷な目に合せてやるつもりだ。もう浮気はしない、と思わせるまで制裁は続く。結局のところ、許せない。そりゃそうだろう。俺に対する裏切り行為だから。


 美津子に、

「浮気相手に別れを言いにいくぞ」と言った。

「俺が車で送ってやるから」

 でも、妻は、

「一人で行くからいい」

 と言ったが、

「また浮気相手といちゃこらするつもりだろ」

 と俺は言った。

「そんなことしないよ、信じてよ」

 妻はそう言ったが俺は、

「いや、だめだ。信用できん。俺も行く」

 そう言い俺は、セーターとジーンズ姿でその上にダウンジャケットを羽織った。妻は黄色いセーターに茶色いロングスカートに着替えた。


「よし、行くか!」

 と言ったが美津子の表情は暗い。何故だ? 別れたくないのか? そう訊いてみた。妻は、答えに詰まっているように見える。なので俺は、

「お前、本当に浮気相手と別れる気あるのか?」

 尚も黙っている。

「おい! 美津子! 答えろ!」

 すると、

「そんな大きな声出さないで! 聞こえてるから」

 逆ギレしやがった。走行しながら話して、浮気相手のマンションに着いた。前回、ここにきたからマンションの場所は覚えている。「よし! 着いた。行ってこい」

 何も言わず美津子は車から降りた。本当に別れるんだろうな。俺は疑いの眼差しで妻を見送った。


 俺は車の中で一時間くらい待っただろうか。話し合っているのだろうけど、随分長いな。まさかとは思うが抱かれてないだろうな? すると、美津子は出て来た。そして、車の助手席に乗った。俺は訊いた。

「別れて来たんだろ?」

 美津子は頷いた。そして泣き出した。

「おいおい! 何で泣くんだよ? そんなに浮気相手と別れたのが辛いのか?」

 妻は尚も泣き続けている。

「お前。自分の立場をわかってるのか? 既婚者なんだぞ? 夫の俺が傍にいるのに泣くのもおかしいし」

 美津子は言った。

「浮気相手の方が……みっくんの方があなたより優しかった」

 それを聞いて俺は呆れた。

「はー……。じゃあ、どうするんだよ? 俺と別れて浮気相手と一緒になりたいのか?」

「本心はそうだよ……。でも、そんなことは出来ないから……あなたといる」

 俺は思った。俺達はもう昔のように愛情に溢れた生活はできない、と。


 とりあえず帰宅した。そして、俺は言った。

「お前の自由にしろよ。浮気相手と一緒にいたいならそうしろ。俺はもう何も言わん」

 美津子は昼食を作りながら言った。

「そんなことできる訳ないじゃん。それにもう別れたし。浮気相手と一緒になるなんてあなたの両親や、わたしの両親に知れたら何こそ言われるかわからないから」

 俺は、うんうんと頷きながら聞いていた。

「でも、俺にはもう愛情はないんだろ?」

「……」

 俺は溜息をついた。

「黙ってないで、正直に言えよ」

「……正直にいうと……そうだよ」

「もうだめだ! 離婚だ、離婚!!」

 そう言うと、美津子はまた泣き出した。

「何で泣くんだよ?」

 ヒックヒックとしゃくり上げながら言った。

「あなたに……あなたに申しわけなくて……」

 何を言っているんだ!

「そう思うなら、最初から浮気なんかするな!」

「ごめんなさい……」


 こうして俺達は離婚することになった。今更、親に何を言われようが仕方がない。子どもじゃないんだし。もう修復不可能だ。俺はまだ美津子に気がある。だが、彼女がこんなんじゃ一緒に生活できない。もうだめだ。お互い新しい道を歩めばいいことだ。それだけのこと。


                            了




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