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第6話 いつもの朝

 鳥の声が聞こえる。

 チュンチュンという、アニメやオーディオドラマなどの朝のシーン定番のSEだ。

 あれれ? 私、過去に戻ったんじゃなくて、アニメの世界に入っちゃったの?

 寝ぼけながらそう思った紗菜は、ゆっくりと目を開けた。

 見覚えのある部屋である。

 本棚にはアニメ雑誌や漫画が溢れ、アニメキャラのアクスタなども飾られている。その隣の机には教科書と参考書がきちんと並び、まるで勉強などしたことがないように片付いていた。

 紗菜はベッドから上半身を起こし、両手を上げて伸びをする。

 なんだか目覚めが悪い。目は開いているのだが、頭の中に“もや”がかかったような感じなのだ。

 枕元のスマホがブルブルと振動する。

 画面を見ると、親友の桜井有紀からだ。

 有紀か……。

 と、そこで頭に疑問が浮かぶ。

 あれ? どうしてスマホがあるの?

 1981年には、まだスマホは無かったはずだ。

 震えている「有紀」の文字をじっと眺めていると、突然ハッとする紗菜。

 あわててスマホをトンとタップする。

「有紀! 今はいつ!? 何年!?」

 紗菜の剣幕に驚いたのか、一瞬の間があってから有紀の返事が聞こえた。

「20××年だけど?」

 彼女が口にした日付けは、紗菜が元いた時代のものだった。

 戻ってきたのか?

 それとも、あれは夢だったのか?

「それより紗菜、もう大丈夫なの?」

 有紀の声音が心配げに変わる。

「大丈夫って、私が?」

「そうよ! アキバのコンパスで倒れて、救急車で運ばれたんだから!」

「あれ? そうだっけ?」

 有紀によるとこうである。

 二人で秋葉原のオタクショップ「AKIBAコンパス」で中古同人誌を物色していた時、突然紗菜が倒れたのだという。そのまま意識が戻らないので、救急車で病院に搬送、しばらく寝かされていたらしい。その後やっと目覚めたものの、意識があまりハッキリしないので、かけつけた紗菜の両親が車で自宅に連れ帰ったのだとか。

「覚えてないの?」

 有紀の質問に首をかしげる紗菜。

「まったく」

「まぁ、アキバは初めてだったし緊張してたもんなぁ、しばらく学校休んでのんびりした方がいいんじゃない?」

 有紀の言葉が耳の中をサラサラと流れていく。

 いったい自分に何が起こったのか?

 1981年の出来事は全て夢だったのか?

 そんなことをぼんやり考えていてた紗菜の目に、見覚えのあるものが飛び込んできた。

 枕元のヘッドボード、棚の上に人形がひとつ置かれているのだ。

 その人形は元気よく右手を上げている。

 超合金Dr.スランプ「んちゃ!アラレちゃん」!

 1981年で紗菜が買ったものだ。

「やっぱり夢じゃなかったんだ!」

 そう叫んだ紗菜に、有紀の心配そうな声が聞こえる。

「何が夢じゃないの? 本当に大丈夫?」

 紗菜はゴクリと一回つばを飲み込むと、落ち着いた声で有紀に言った。

「今から来てくれないかな?」

「いいけど、どうしたの?」

「大切な話があるの」

 逡巡したのか、一瞬の沈黙の後、有紀が元気に返事した。

「分かった。すぐにそっち行くね」

 紗菜はスマホを枕元に置くと、人形に手を伸ばした。

 その手を元に戻し背中のスイッチを押す。

「んちゃ!」

 人形は再び元気そうに手を上げた。

「私、戻ってきたんだ」

 そう思いながらも、紗菜の中に少し残念な思いが浮かんでいた。

 あの時代、面白そうだったな。

 そんな紗菜を、人形の青い目が見つめていた。

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