鳥の声が聞こえる。
チュンチュンという、アニメやオーディオドラマなどの朝のシーン定番のSEだ。
あれれ? 私、過去に戻ったんじゃなくて、アニメの世界に入っちゃったの?
寝ぼけながらそう思った紗菜は、ゆっくりと目を開けた。
見覚えのある部屋である。
本棚にはアニメ雑誌や漫画が溢れ、アニメキャラのアクスタなども飾られている。その隣の机には教科書と参考書がきちんと並び、まるで勉強などしたことがないように片付いていた。
紗菜はベッドから上半身を起こし、両手を上げて伸びをする。
なんだか目覚めが悪い。目は開いているのだが、頭の中に“もや”がかかったような感じなのだ。
枕元のスマホがブルブルと振動する。
画面を見ると、親友の桜井有紀からだ。
有紀か……。
と、そこで頭に疑問が浮かぶ。
あれ? どうしてスマホがあるの?
1981年には、まだスマホは無かったはずだ。
震えている「有紀」の文字をじっと眺めていると、突然ハッとする紗菜。
あわててスマホをトンとタップする。
「有紀! 今はいつ!? 何年!?」
紗菜の剣幕に驚いたのか、一瞬の間があってから有紀の返事が聞こえた。
「20××年だけど?」
彼女が口にした日付けは、紗菜が元いた時代のものだった。
戻ってきたのか?
それとも、あれは夢だったのか?
「それより紗菜、もう大丈夫なの?」
有紀の声音が心配げに変わる。
「大丈夫って、私が?」
「そうよ! アキバのコンパスで倒れて、救急車で運ばれたんだから!」
「あれ? そうだっけ?」
有紀によるとこうである。
二人で秋葉原のオタクショップ「AKIBAコンパス」で中古同人誌を物色していた時、突然紗菜が倒れたのだという。そのまま意識が戻らないので、救急車で病院に搬送、しばらく寝かされていたらしい。その後やっと目覚めたものの、意識があまりハッキリしないので、かけつけた紗菜の両親が車で自宅に連れ帰ったのだとか。
「覚えてないの?」
有紀の質問に首をかしげる紗菜。
「まったく」
「まぁ、アキバは初めてだったし緊張してたもんなぁ、しばらく学校休んでのんびりした方がいいんじゃない?」
有紀の言葉が耳の中をサラサラと流れていく。
いったい自分に何が起こったのか?
1981年の出来事は全て夢だったのか?
そんなことをぼんやり考えていてた紗菜の目に、見覚えのあるものが飛び込んできた。
枕元のヘッドボード、棚の上に人形がひとつ置かれているのだ。
その人形は元気よく右手を上げている。
超合金Dr.スランプ「んちゃ!アラレちゃん」!
1981年で紗菜が買ったものだ。
「やっぱり夢じゃなかったんだ!」
そう叫んだ紗菜に、有紀の心配そうな声が聞こえる。
「何が夢じゃないの? 本当に大丈夫?」
紗菜はゴクリと一回つばを飲み込むと、落ち着いた声で有紀に言った。
「今から来てくれないかな?」
「いいけど、どうしたの?」
「大切な話があるの」
逡巡したのか、一瞬の沈黙の後、有紀が元気に返事した。
「分かった。すぐにそっち行くね」
紗菜はスマホを枕元に置くと、人形に手を伸ばした。
その手を元に戻し背中のスイッチを押す。
「んちゃ!」
人形は再び元気そうに手を上げた。
「私、戻ってきたんだ」
そう思いながらも、紗菜の中に少し残念な思いが浮かんでいた。
あの時代、面白そうだったな。
そんな紗菜を、人形の青い目が見つめていた。