会社での電話のコールを聞くと一気に現実に引き戻される。
濃密な土日という貴重な休みを過ごした星矢は、夢のような気分だった。会社に来ると早く休みにならないかと妄想を掻き立てる。仕事したくない気持ちがいっそう大きくなってしまう。
結局、あの後は、翔太に会うこともしなければ、連絡を取ることもできなかった。
忘れ物として、受け取っていたネクタイピンは星矢のものではない、翔太のものだと気づいたのはしばらく経ってからだった。
星矢に会う口実を自然の流れで見つけたかったのだろう、自分のものだとわかっていて、あえて忘れ物と言って、会いに来てくれるのを待っていたのかもしれない。それともただ単に天然に間違えたのか。星矢は翔太に会いたかったが、女性の姿を思い出すとなかなか自分からは声をかけにくかった。
受話器を持ち上げて、いつものように電話に出る。声の調子はぼちぼちだった。
すると、前と同じように会社にある人が訪ねてきていた。
「いらっしゃいませ。お世話になっております」
「いつもお世話になっております。こちらの商品で間違いはないでしょうか」
仕事の用事で星矢の会社に訪れていた翔太がいた。受付をしていたのは星矢の先輩の田中だった。
「そうですね。間違いはないです。お預かりしますね」
「確認ありがとうございます。それでは失礼します」
翔太は、星矢のことは気にしないようにと立ち去ろうとエレベーターの方へ向かおうとした。
「先輩!」
「……」
星矢は,翔太が来たんだろうと商品を持っていた田中を見て、察した。なかなか会うことは少ないと慌てて来た。
「お、おう」
「お世話さまです。今日もありがとうございます」
「まぁ、仕事だからな。んじゃ」
そっけない態度の翔太に変に敏感になる星矢は負けじと声をかける。
「先輩、もし、都合がよければ、今日の夜、飲みに行きませんか?」
「……あ、ああ。俺は大丈夫だけど」
「よかった」
安堵した笑顔を見せる星矢を見て、翔太は胸のあたりがキュンとした。
「前行ったところと同じところでもいいですか?」
「ああ」
「んじゃ、仕事終わりに」
「ああ」
翔太はほぼ、“ああ”としか言ってない。星矢は、それでも返事してくれただけで嬉しかった。本当は断られるのではという思いだった。
翔太は前回会った時に星矢といた男性が気になって、逆に申し訳ない気持ちになり、声をかけるのを躊躇していた。
星矢はガッツポーズを決めて、自分のデスクに戻って行った。
「工藤くん、さっきの人、知り合いなの?」
「田中さん。あ、そうなんです。実は高校の時の先輩で、偶然再会したんです」
「へぇ、そうなんだ。次、受付した時、声かけるね。それにしても結構、筋肉ある人じゃない? スポーツしてた?」
田中はジェスチャーを交えながら話す。星矢はなぜか照れ笑いながら返答する。
「野球していたんですよ。ピッチャーのポジションです。僕から見てもかっこいい人です」
「そっか。通りで。野球の影響かぁ。確かにかっこいいのは間違いないね」
田中はパソコンのキーボードを打ちながら言っていた。星矢は少々複雑な表情で元の仕事の作業にうつった。本心を悟られてはいないかと心配だったためだ。