(この子と一緒に居ると、本当に調子狂うなぁ。仕事もめんどくさいけど、この子と一緒にランチをするのも疲れるわぁ……)
柚羽は、そんなことを考えながらも、無心でパスタを巻いていた。フォークがスルスルとパスタを巻き取る度に、少しずつそれが大きくなっていくのに気付かなかった。
すると、突然として、千隼が声を上げた。
「三塚さんの一口って大きいですね!」
「は?」
柚羽は驚いて彼の視線を追った。自分の手元を見ると、知らぬ間にパスタを巻きすぎていて、とても一口では入らない大きさになっていた。
「え、これどうやって食べるの?」
彼女は思わず笑ってしまった。千隼は楽しそうに笑っている。そんな彼を見ているうちに、少しずつ心のモヤモヤも晴れていくのを感じた。
「一口じゃ、絶対に無理だって!」
柚羽は冗談交じりに言い、千隼は困ったように肩をすくめた。二人の笑い声が、カフェの中に響き渡った。その後は食べながら、仕事の話をして時間が過ぎていった。会話の中で互いの考えや意見をシェアし、少しずつ距離が縮まっていくのを感じていた。食後に頼んでいたデザートとドリンクをスタッフにお願いすると、五分ほどで運ばれてきた。
「はい、チョコパフェ食べてください」と、千隼は微笑みながら自分の目の前に届いたチョコレートのミニパフェを、柚羽に向けて差し出した。
「え? いいよ、食べなよ」と、柚羽は少し戸惑いながら言った。
「いいんですよ。三塚さんのためにオーダーしたんですから」と、千隼は平然とした顔で、烏龍茶を飲みながら答えた。彼のその自然体な姿勢に、柚羽はさらに恥ずかしくなる。
「何で?」と、柚羽は思わず聞き返してしまった。
「何でって、食べたそうな顔してましたから」と、千隼は笑顔で言った。
柚羽はその言葉を聞いて、真っ赤になった。自分の無意識な表情を指摘されるとは思ってもみなかった。
「え? そんなに顔に出てた?」と、心の中で柚羽は自分を責めながらも、少し不安になる。
「出てました」と千隼は断言する。
知らぬ間に、自分の顔に感情が出ていたらしい柚羽。
二人が話しているうちに、チョコレートパフェのアイスが少しだけ溶け始めていた。甘い香りが漂い、見るだけで幸せな気持ちが広がる。
「仕事を丁寧に教えてくれたお礼です。食べてください」千隼は穏やかな笑みを浮かべた。その笑顔には、彼の優しさが滲み出ているように感じた。
「……ありがとう」と、柚羽は照れくさくなりながらも、素直にその気持ちを受け取ることにした。
(この子が食べないと無駄になっちゃうし、アイスが溶けちゃうから食べるだけだからね!)
自分に言い聞かせながら、柚羽はパフェを食べ始めた。
一口目を頬張ると、口の中に広がる濃厚なチョコレートとアイスの甘さに、思わず目を閉じた。彼女は心の中で「おいしい!」と叫びながらも、千隼の視線が気になって、少し照れくさくなる。
「どう? おいしいですか?」と千隼が尋ねてくる。
「うん、凄くおいしい!」と、柚羽は思わず笑顔がこぼれた。その瞬間、千隼も嬉しそうに笑った。
二人の間に流れる穏やかな時間が、まるでデザートの甘さのようだった。
「そろそろ時間か……。次の店に行かないと、ですね」
千隼が時計をちらりと柚羽に見せると、確かに次の約束の時間が迫っていた。
「……そうだね」と、柚羽も同意する。
ドリンクを飲み干し、デザートもきれいに食べ終わり、二人は席を立った。カフェの中には、心地よい音楽が流れ、周囲の人々の笑い声が溢れている。
(営業部で初めて出来た後輩だからなぁ。奢ってあげたいのは山々だけど……そうすると、せっかくのこの子からいただいたデザートの好意が無駄になってしまうし……。でも、毎回は払ってあげられないしなぁ)
柚羽は心の中で葛藤しながら、レジに向かって歩く。
柚羽は千隼と並びながら、少し気まずい気持ちになっていた。初めての後輩とのランチは楽しかったが、こうした小さなことが気になるのは、自分がまだ未熟だからだろうかと思った。
「ありがとうございます。お支払いはご一緒で宜しいでしょうか?」と、スタッフが微笑みながら尋ねる。
柚羽は財布を取り出して、「別々でお……」と言いかけた時、千隼がさっとクレジットカードを取り出して「一緒でお願いします」と言った。
その瞬間、柚羽は驚いた。本当は自分が言おうとして迷っていたことを、まるで千隼が予測していたかのように受け止めたからだ。
「え、でも……」と反論しようとしたが、千隼はそのままスムーズに支払いを済ませてしまった。
「本当にいいの?」
柚羽は不安な気持ちを抱えながらも、千隼の優しさに感謝の気持ちが湧き上がる。
「気にしないでください」と、千隼はにこりと笑った。その笑顔には、何か特別な意味が込められているように感じられた。
結局、柚羽は千隼の好意を受け入れることにした。
「ありがとう」と、柚羽は心からの感謝を伝えた。二人は店を出て、次の目的地に向かうために歩き始めた。
(愛想のない子だけど、スマートにクレジットカードで支払いをしちゃうあたり、モテるのかも……)
柚羽は心の中でそう思い描きながら、千隼の横顔をチラリと見る。彼の真剣な表情と、時折見せる優しい笑顔が、柚羽の心を少しずつ温かくしていった。
「何ですか?」
「いえ、何でもない」
柚羽は気付かれたことに驚いてしまう。
「あの時とは違う、立派な男になりましたから、このくらいはしますよ」
「え……?」
千隼の言葉には自信と誇りが感じられる。
(あの時とは、一体?)
ふと、柚羽の脳裏に過ぎったのは、受付係をしていた時のことだった。