【第2話】年下君は案外、役に立つ?(4)
柚羽は、就職の最終面接に来ていた男の子と話した記憶が蘇る。
雪の影響で帰りの新幹線が止まってしまい、柚羽は右往左往していた大学生の男の子を助けたことがあった。まさか、その子が今ここにいる千隼なのではないか。思い立った柚羽は、彼に尋ねてみることにした。
「あのさ、雪の日に最終面接に来た?」
すると、千隼は少し驚いたように目を大きくして答える。
「はい。やっと思い出してくれたんですね」
やはり、あの男の子は千隼だった。柚羽は記憶が鮮明に蘇り、思わず笑みがこぼれる。
「あの時は、受付にいた三塚さんに大変お世話になりました。三塚さんが宿泊するホテルを探してくれなかったら、危うく野宿するところでしたから」
千隼の言葉には感謝が満ちており、柚羽の心も温かくなる。
千隼は、地方から最終面接のために上京してきたのだが、都会に慣れていない上にスマホのバッテリーも少なくなってしまい、どうしていいのか分からず青ざめていたのだ。
「最終面接に緊張していて、携帯用のバッテリーを自宅に忘れてきてしまったんですよ」と、千隼は少し恥ずかしそうに続けた。
柚羽はその時の彼の不安そうな表情を思い出した。彼が必死に助けを求めていた姿が、まるで昨日のことのように思い出された。
「その時、無事に宿泊先が見つかって良かったね」と、柚羽は微笑む。
「本当に助かりました。三塚さんのおかげで、今こうしてここにいられますから」と千隼は感謝の気持ちを込めて言った。
二人の間に流れる穏やかな空気が、まるで時間を止めているかのようだ。柚羽は、あの時の彼の成長を見届けることができたことに、心からの喜びを感じていた。
(あの時の千隼はまだ大学生で可愛げがあったのになぁ。今は、しれっとしてるけど)
柚羽は心の中で思い出す。千隼が学生時代に見せていた無邪気な笑顔が、今もどこか残っているように感じられた。
「そういえば、あの後は本社は落ちちゃったの?」
「……はい。落ちたというか、地元に近い支店で欠員があるから、そちらはどうかと言われました」
柚羽の問いに、千隼は少し悲しげに答えた。
「そうだったんだ」と柚羽は口をつぐむ。これ以上は聞いちゃいけない気がした。千隼の心に触れることが怖いような気がしたのだ。
「大学の頃は何となく東京で働きたいとか思っていて、他の企業も受けて、そっちは受かったんです。なので、支店で働くのはお断りしようと考えていたんです。でも、どうしても、ここが良くなってしまって……支店で働くことにしました」
「え? 何で?」
咄嗟に聞いてしまった柚羽だったが、千隼の心の内を知りたくなったのだ。その言葉には、彼なりの理由があると思ったから。
千隼は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに真剣な眼差しを柚羽に向ける。
「最初は東京で働きたいという自分の夢を追いかけたかったけど、東北支社で実際に働いてみたら、この会社の雰囲気や仲間たちが本当に素晴らしくて……」
「そっか。それならいいんだけどね」
柚羽は少し照れくさくなりながらも、彼の成長を見守ることができていることに嬉しさを感じた。
「だから、今は東北支社を選択を後悔していないんです。そして、念願の本社に来たことも。最初は不安もありましたけど、ここでの経験が自分を成長させてくれている実感があります」
柚羽は、千隼の真摯な姿に心を打たれた。千隼が自分の道を見つけていく姿は、まるで彼自身が新しい扉を開いているように感じられたから。
「私も、あの時に助けた彼の成長を見られて嬉しいよ」と、柚羽は素直な気持ちを伝えた。
「遠回りをしてでも本社に来たかったのは……」
「え?」
「あの時、三塚さんを好きになってしまったからですよ」
千隼が突然として、そんなことを言った。その瞬間、柚羽の心臓はドキッと跳ね上がった。
千隼の言葉はまるで直球のように、胸に突き刺さる。彼の目は真剣で、その瞳には彼女への想いが映し出されているようだった。
「三塚さんに会いたくて、ずっと本社にくる機会を狙っていました」
その千隼の言葉に、柚羽は驚きと戸惑いを覚える。彼が自分のことをどれだけ考えてくれていたのか、心の奥で温かさが広がった。
「やっと、ここまで辿り着いたんだから、柚羽さんを堕としてみせます」
「へ?」
宣言した瞬間、千隼の真剣な表情が一層際立った。柚羽は目を合わせることができず、思わず視線を逸らす。
「む、無理無理、無理! あなたは年下だし、私と貴方は六つも違うんだからねー!」
心を乱されつつも、柚羽は反射的に言い返す。自分の声が震えているのが分かる。年下の彼に対する抵抗感が、言葉の端々ににじみ出る。しかし、千隼は怯むことなく、柚羽の反応を楽しんでいるかのように見える。
「ゆっくりと堕としますよ、絶対に」と、ニヤッと笑う千隼の表情には、自信があふれていた。
柚羽の頬は真っ赤になり、思わず顔を背けてしまう。
千隼の強気な態度に柚羽は戸惑いながらも、心の中には嬉しさもあった。
(な、な、何だろう? どういう態度を取るのが正解?)
千隼の言葉が未来にどんな影響を与えるのか、考えるだけで胸が高鳴る。彼との関係が、どのように変わっていくのか、彼女の心には新たな感情が芽生え始めていた。
それと同時に、年下は無理だということ、相手が千隼は無理だということを柚羽は考えていた。
「む、無理なものは無、理、だからね」
二人の間に流れる空気は、ただの友人以上の何かを示唆しているようだった。
「そんなに否定されると余計に手に入れたくなります」
まるで柚羽をからかうように、クスクスと笑う千隼。
(嘘なのか、本気なのか、どっちなのよ?)
柚羽の頭の中で繰り返し、千隼の告白がリピートされてしまう。柚羽は落ち着かない気持ちのまま、次の営業先に向かうのだった。