赤く燃える炎、戦火の中、立ちすくむ人影…その手には炎の剣、向かい合うもう一つの影、その手には黄金の剣…倒れている彼女はリナリアの乙女…
◇◇◇
ここは最果ての地…エンドオブグリーン。山奥の山小屋のような小さな小屋で私は一人の侍女と隠れて暮らしている。最果ての地というだけあって、山腹の途中に小さな町があるけれど、そこも廃れている。人影はほとんど無い。…表向きは。
「ミア様、そろそろ町へ出て、食料の調達に。」
侍女であるシャネスがそう言う。
「そうね、そうしましょう。」
目立たないローブを頭まで被り、シャネスと共に小屋を出る。山腹の町まではそう遠くない。
◇◇◇
町へ到着する。表向きは人影も無いような町。そんな町中の一軒の飲み屋。入ると店主の男が私とシャネスをチラッと見る。そして顎で奥を指す。私とシャネスはほんの少しお辞儀をして、飲み屋の奥の扉を開け、地下に続く階段を下りる。下りる度にガヤガヤと人の気配が増して来る。階下に広がる光景、そこにはたくさんの人たちが談笑し、まるで闇市のようでもあるけれど、売り買いをしている訳では無い。
「シャネス!」
声を掛けて来たのはここの
「ミア様も。」
ハイラムはそう言って私に頭を下げる。
「ご一緒だったとは。」
ハイラムがそう言う。シャネスが抗議するように言う。
「小さな小屋でお一人にしておく訳にはいかないのです!」
ハイラムが参ったというように両手を挙げる。
「分かった、分かった。」
そして私を見て言う。
「もしよろしければ、人目に付かないよう、護衛致しますが。」
私は笑って首を振る。
「それだと逆に目立ってしまいます、お気持ちだけ。」
そう言うとハイラムはクスっと笑って頭を下げる。
「御意にございます、殿下。」
殿下と呼ばれる事、それは私がまだこの国の皇女である事の証だった。姿を消した皇女、行方不明として捨て置かれたのが私だ。
かつて、私はこの国の皇女として、皇城で過ごしていた。私には12歳ほど年の離れた兄がおり、兄は次期皇帝として、皇太子の地位に居た。そこへ私が生まれたのだ。光の子として…。
「ミア様、私は食料の調達に参ります、こちらでハイラムとお待ちください。」
シャネスがそう言う。私はハイラムに勧められ、椅子に座る。
「こうして見るとやはり、先代皇帝に良く似ていますね。」
ハイラムがそう言う。
「そうかしら?」
そう聞き返すとハイラムは目を細め、微笑んで言う。
「リナリアの力を受け継ぐ者、光の子の証である薄紫色の瞳が、そっくりです。」
この国には皇族に受け継がれているリナリアの力という光の力がある。先代皇帝である私の父上も持っていた力だ。そしてその力を受け継ぐ者が次期皇帝と目される。私のように受け継いだ者が女である場合も。
「現皇帝であるロベルトはそんなミア様のお立場を危険視し、このような事に…」
ハイラムはそう悔しそうに言う。
私が生れる前から既に皇太子を名乗っている兄。兄にはリナリアの力は受け継がれなかった。その代わり、兄には火の才があり、自由自在に火を操る事が出来た。そして兄は私の存在を自分を脅かす者として認識し、父上が健在の頃より、父上に隠れて私に暴力を振るい始めていた。その頃から既に今の暴君としての顔を持ち合わせていたのだ。兄が18歳になり成人したその年に父上が亡くなった。表向きは病死とされたが、私には分かっていた。兄が父上を毒殺したのだ。もちろん自分の手を汚すようなことはしない。
「正当な皇位継承者であるミア様がこんな最果ての地へ追いやられるなんて。」
そう言うハイラムに私は微笑む。
「まずは私の命があっての事。逃がしてくれた宰相のボゴスには感謝だわ。そして私を連れて逃げ、更に護衛までしてくれているシャネスにもね。」
そう言いながらシャネスを見る。シャネスは侍女だが、腕が立つ。宰相のボゴスから私を託され、今までずっと傍で仕えてくれている。
「私があのまま皇城に居たなら、今はもう生ける屍のようになっていたと思うわ。」
父上が亡くなった後、幼かった私に代わるという名目で兄が皇帝の座に就いた。皇帝の座に就いた兄は私を幽閉し、虐待を加えながら洗脳しようとしていたのだ。自分を皇帝として私に支持させる事で自分の地位を確固たるものにしようと画策していた。兄からの虐待は日を追うごとに酷くなっていくのと同時に、その頻度は徐々に落ちて行った。
12年。
そんな日々が12年続いたのだ。私はもう何も考えられなくなっていた。字を書けるようになると兄の言う通りに書面にサインした。その書面が私の皇位を辞退するという書面であっても。そんな中、宰相のボゴスが私を逃がしてくれた。私にはもうその時には逃げるという選択肢を自分で取れない程には精神的にも弱っていた。
「ミア様、お待たせ致しました。」
シャネスが大きな荷物を担いで戻って来る。
「それじゃあ、また。」
そう言って立ち上がる。
「光の加護がありますように。」
ハイラムがそう言って頭を下げる。その場に居る全員が私に頭を下げ、私はそんな皆に言う。
「光の加護を。」
私がそう言うと私の体からふわりと金色の光が溢れ出し、その場に居る皆にそれが広がり、馴染んでいく。
◇◇◇
険しい山の中の小屋。それでも私にとってそこはまるでオアシスのような場所だ。ホッと息をつける場所。食料をしまいながらシャネスが言う。
「皇都では英雄が名を上げているそうです。」
英雄、今のこの国で英雄なんてものは必要の無い存在ではある。戦はほとんど起こっておらず、反乱分子が多少のもめ事を起こすくらいだと聞く。
それでも。
そんな後ろ盾が必要なくらいには、兄の暴君ぶりは有名だった。自身の火の才を使って圧政を強いているという。
「この国は光を失っています。リナリアの加護が消えている今、この国は混迷の中に居るのです。」
シャネスがやはり悔しそうに言う。自身の手を見る。光の力とは一体何なのだろう?リナリアの加護とは何なのだろう?私には果たして、火の才を自由自在に操る兄に対抗出来る力などあるのだろうか。