運命の人が本当にいるのなら、赤い糸よりも鮮明に見せてくれ。
この目に、まるで昇る朝日のように輝かしく──。
……………………。
「──優和さん、この家ってCD聴けますか?」
「ああ、聴けるけど。なあ、勇人、今の高校生もCDで音楽を聴くのか?」
「父から借りて来たんです。『The The』っていうバンドのアルバムなんですけど、『マインド・ボム』ってアルバムが神曲揃いで、父が寝る前に聴いてるのに付き合ってたら僕まで好きになって」
The Theはマット・ジョンソンによるロックバンドだ。ジャンルはロックだけれど語りかけるように歌う。
彼は知る人ぞ知るアーティストで、イギリスで活動していたが、マインド・ボムの後はアメリカに拠点を移し、次作のネイキッドセルフを出すまでに七年以上かけた。それを手にした父親の喜びようは大層なものだったと、勇人は聞かされた記憶がある。
「タイトルだけ聞くとダンテの地獄篇みたいだな」
「ダンテ?あの三冊揃うと鈍器になる本ですか?」
鈍器になる本と言うと、ジャンルによって様々な書籍が挙げられる。勇人は少しいたずら心を出して混ぜ返した。
しかし勇人より大人の優和は、余裕をもって反撃する。
「三回も殴打するのか……勇人は案外殺意が激しいんだな。ベアトリーチェには到底なれそうにない」
「もう……そもそも僕は男ですから。ベアトリーチェは既婚女性じゃないですか」
「勇人の冗談に付き合っただけだろ?」
「分かってますよ、ありがとうございます」
他愛ないやり取りをしながら、カバンからCDを取り出す。モノクロが基調の少し古めかしいジャケットを、優和が興味深そうに見てくれている。
その二人の距離は、肩が触れそうで触れない、息が触れ合いそうな距離だ。
──今でこそ、普通に会話出来るようになったけど……優和さんは、あの事を今どう思ってるんだろう。
勇人は、ケースから円盤を取り出して優和に手渡しながら、触れた指先の感触にぴくりと痺れるような反応をして──気づかれないように手を引っ込めた。
──この関係は、優和さんが、あの日見たものが知らせた事を本当に信じられるまで、後退も前進もない関係のままなんだろうな。
居心地のいい距離感。緊張しない会話。二人きりで何も過ちの起きない──そんな関係。
勇人にとって、それが嬉しかったのは──いつまでだっただろうか?
いつしか、心はもどかしさをぶつぶつと沸かせてくるようになった。
──まだ、駄目だ。こんな気持ちを知られたら駄目だ。
「勇人、この一曲目の入り方悪くないな、お前の父親が夜に聴くのも分かる」
「……ですよね?静かなんですけど、力があって」
二人きりで聴いている音楽は、爆弾になる事もなく落ち着いた雰囲気を作り出して、そうして勇人は言葉を選んでは飲み込んだのだった。
──あの夜、あの場所で出逢えてなかったら、今のこの時間もなかった。
今がある事に感謝しようと、勇人はゆったり流れる好きな音楽に「せめて、この音で自分を彼と共有したい」と願いを込めて身も心も沈め、出逢いの夜を思い返した──。