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第2話 異能の持ち主として生きて

 * * *



 心の中で、溜め息をつくのは何度目か。

 ──こういう場所には慣れないな……皆、お互いを伺いあって腹を探ってるのが見え見えだし。

 変に気負う事のない、シンプルなスーツ姿でパーティー会場の片隅に佇み、周りを観察している少年の名は、無形勇人──まだ十七歳の高校生だ。

 顔立ちこそ端正ですっきりしているものの、その程度ならばとりわけ目立つものではない。至って普通の少年といえる。

 しかし、彼には生まれ持った「異能」があり、社会の影で嘱望され、ここ数年で「仕事」を請け負うようになった。

 その異能とは、人や生き物の「魂の色」が見える能力だ。

 思考や感情によって変化する魂の色を、異能により見抜く事が出来る。仕事をするようになって、悪意ある人や、悪事を働こうともくろむ人を見逃した事はない。

 ──こんな、どんよりした雨雲みたいな魂ばっかり見てると、うんざりする。ここまでは表向き平穏なパーティーになってるけど、念のため注視して……目立たないように、おとなしくしていよう。

 異能は母親から受け継いで、物心つく頃には発現していた。はじめの頃は自分の目がおかしいんだと怖かった。

 それを前向きに変えてくれたのは、他でもない母親だった。

 ──「勇人、見えるだけの魂の色に怯えないで。何色が見えても恐れないで。勇気のある子になって欲しくて、お父さんと話して勇人って名づけたんだから」──母親は、当たり前の普通とは違って生まれた勇人に、繰り返し言い聞かせていた。

 ──それはきっと、母さんも異能で色々悩んだりしたからだ。

 同じ力を持つ勇人には、そう理解出来る。

 ──だけど、母さんは愚痴も弱音も口にしなかった。いつだって異能を社会で役立てようと頑張ってた。

 勇人の母親は優れた異能を使い、世界中で任務にあたった。政界や経済界での活躍に留まらず、犯罪者や反社組織を相手にしても、臆する事なく堂々としていた。

 肝のすわった、豪傑な女性である。それでいて、勇人や夫には惜しみなく温かい愛情をそそいでくれたのだから、そんな母親を勇人が尊敬しない理由などない。

 ──今夜は、会場に物騒な魂の色をした輩が侵入してきたら、すぐ警備員に報告するよう依頼されてるけど。暴れて無差別殺傷を起こすとか、そこまで犯罪思考が強い真っ黒な魂の持ち主は今も現れてないし、仕事は無事に務められそうかな。

 魂の黒ずみや濁り程度なら、いい歳をした大人なら尚さら珍しくはなく、程度の差こそあれ誰にでもある。勇人はそういう魂を見ても、いちいち気に病まないよう母親から言われて育った事と、もう見慣れた事もあり、冷静にスルー出来るようになっている。

 さながら舞台の黒子に徹するような勇人に対して、違和感を感じる人も話しかけてくる人もいないパーティー会場にいながら、異能者に任せられた仕事と母親について思う。

 ──母さんは、いつ自分が身の危険に晒されるか覚悟してたから、だから悔いのないように大事な人達を思う存分大事にしてたんだろうな。

 勇人が中学校を卒業して間もなく入院し、死因不明で他界した母親。その人の心は、勇人に真っ直ぐ伝わっている。

 魂の色が分かる事は、己の身を守るにも役立つ一方で、見る事を仕事にすれば危険人物との接触や接近が増えて、諸刃の剣に変わる。

 それでも勇人が依頼をこなそうと努めているのには、両親が話して聞かせてくれた「希望」が胸に宿っているからだ。

 まだ小学生の頃、母親が微笑みながら打ち明けた事は、色褪せる事のない記憶として残っている。

 ──「勇人、魂の色が見えるのは素敵な事でもあるの。だって、お母さんは見えるからこそ、運命の人と出逢えて結ばれる事が出来たから」

 運命の人、とは随分ロマンチックな言い方だ。幼い勇人が「運命の人?それって魂の何で分かるの?お母さんはお父さんが運命の人だったの?」と問いかけると、母親は懐かしむように笑みを深めたが、それは幸せな夢を見ている時の表情みたいだった。

 ──「そう、お母さんはお父さんの魂の色を見たの。綺麗な金色に輝く魂は、まるで世界のお日様かと思えた」

 金色なんて綺麗な色の魂は見た事もなかった勇人には、不思議で仕方なかった。

 ──「あのね、運命の人は魂の色が金色に見えるから、ひと目で分かるのよ。勇人にも世界のどこかに絶対いるの。勇人なら必ず見つけられる」

 ここまでくると、どんな絵本にも描かれない程の奇跡だ。世界はすごく広いから見つかるか分からないと思うんだけどと、勇人が疑問を持ったのも致し方ない。

 すると、一緒に話を聞いていた父親も同調して言った。

 ──「お母さんの言う通りだ、何しろお父さんが初めてお母さんと触れ合った瞬間の事は忘れられないよ。異能のないお父さんの目にも、お母さんが金色に輝いて見えたんだから。信じていいんだ、運命の出逢いはお前を待ってるからな」

 呼応して母親も勇人に説いた。

 ──「世界は良い人だけでは出来てないから、意地悪な人もいるし、悲しい事件もあるし、悔しい思いをする事もある。でもね、運命の人と出逢えたら、自分が生きる世界にありがとうって思えるの。世界にはちゃんと愛があるんだって、自分の全部で分かるのよ」

 息子の明るい未来を信じる両親の言葉は、言霊になって勇人に沁み込んだ。

 そうして、母親は入院して痩せ衰えてゆく中でも、優しく勇人を力づけてくれた。

 ──「運命の人と出逢えたら、その手を離さないで。お母さんは、お父さんと勇人と一緒に生きられて、確かに幸せだったのよ」

 死の床にありながら、母親は言い切った。「母さん」と握りしめた手は骨ばっていて、でも握り返してきてくれた手は、死にゆく人とは思えない程に力強かった。

 ──母さんは異能がどんな重責や危険を負わせようとも、父さんがいたから幸せだった。運命の人は、それだけ人生の救いにも灯火にもなるのかな。

 父親に抱き寄せられながら、眠りにつくように安らかに息を引き取った、母親の最期を思い出すにつけて、その後の葬儀で父親が話した事も思い出される。

 涙雨がしとしとと降り、その場をしっとりと湿らせる中で、父親は棺の傍から離れることなく、亡骸さえも愛おしそうに見つめて、勇人への願いを語った。

 ──「……勇人。お前には、心から愛する人と、永く幸せに生きていって欲しい。お父さんはお母さんを早くに見送ったことが悲しくて仕方なかったから」

 その愛する人が運命の人なのか、それはまだ分からない。

 けれど、誰かと心を通わせて寄り添い、支え合って共に生きられる事の尊さならば、両親から学んだ。

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