「アッシュ君。きみの研究は素晴らしいな。いや……素晴らしすぎる」
王立魔法研究所の所長室。
所長は高級な椅子に座り、俺の研究レポートを見ていた。
新発明した『魔力増幅技術』の試験成功を報告したレポートだ。
「……ありがとうございます」
俺はコミュ障なので、そう返事をするのが精一杯だった。
「素晴らしすぎるんだよ」
所長は、ぽん、とレポートを机の上に投げ捨てる。
「所長……どういうことですか」俺の声は震えていた。
「きみの研究は素晴らしすぎる。危険だ。悪用されれば、世界を滅ぼすような力にもなりかねない。残念だが、魔力増幅技術の研究は凍結することに決定した。そして、きみには研究所を辞めてもらう」
「そんな……。所長も知っていると思いますが、俺には魔力欠乏症の妹がいます。そのためにも、魔力増幅技術は完成させなければならないんです」
妹のルゥナは生まれたときから病弱だった。
診断は魔力欠乏症。
定期的に魔力を補給しないと、生きていけない体なのだ。
妹はほとんどの時間を寝たきりで過ごしている。
「マナ・クリスタルから得られる魔力ポーションがなければ、妹は長くは生きられません。どうか、研究をつづけさせてください」
マナ・クリスタルは強力な魔力を持つ魔力結晶体だ。
当然、一般家庭で揃えられるようなものではない。
研究所にひとつしかないクリスタルを借りて、俺は研究をしていた。
その副産物として得られるポーションで、妹の寿命を伸ばしていたのだ。
「……残念だが、もう決まったことだ。妹と一緒に、田舎に帰って静かに暮らせ。魔術の教師でもすると良い。それがきみの人生だ」
王立魔法研究所を追放された。
長年、心血を注いできた研究が、全て無駄になった瞬間だった。
俺は、力なく所長室を後にした。
廊下ですれ違う同僚たちが、俺を見て何か囁いている。
「おい、聞いたか? アッシュの研究、没収されたらしいぞ」
「当然だ。あんな危険なもの、世に出せるわけがない」
「才能があるからって、調子に乗ってるからだ」
「天才だから、ひとりでなんでもできると思ってたんだろうけどな」
違う。俺はただ、ルゥナを救いたかっただけなのに。
胸が締め付けられるような痛みを感じながら、俺は研究所を後にした。
家には帰れない。
ルゥナに合わせる顔がない。
ふらふらと目的もなくさまよう。
街を出て、森へ。
ひとりになりたいときは、よく森へ来たものだった。
ぼんやりと歩いていると、ふと、大きな洞窟を発見した。
古いダンジョンの入口のようだ。
吸い込まれるように、ダンジョンのなかへ足を踏み入れる。
薄暗い通路を、どこへ進むでもなく歩いていった。
「アッシュ様。ようこそ、いらっしゃいました」
声のする方へ進むと、部屋があった。
部屋の中央には、淡く光る巨大な水晶。
その水晶は、まるで意思を持っているかのように明滅を繰り返している。
「……誰だ? なぜ俺の名前を知っている?」
「私は、このダンジョンのコアです。あなたのことは、森でたまに見かけておりました。王立魔法研究所の魔術師様ですよね。強力な魔力の持ち主であることを感知しています」
「いまは無職だがな」ついさっきクビになったところだ。
「あなたにお願いがあるのです。このダンジョンのマスターとなっていただけませんか?」
俺は驚いて何も言えなかった。
「私は、長い間、ここで一人ぼっちでした。朽ち果て、忘れ去られた古いダンジョンです。森でひとり散歩をしているあなたを見て、この人に、身を捧げたいと考えていました。どうか、マスターとなっていただけませんか?」
ダンジョンコアの声は、優しく、どこか懇願するような響きを帯びていた。
俺はダンジョンコアに手を触れた。
「ひゃんっ!」と艷やかな声を出す。「急に変なところに触らないでください! エッチ!」
「……変なところと言われてもな」
ただのクリスタルだぞ。
クリスタルは、ひんやりと冷たかった。
いまは魔力を失っているようだが、大量の魔力を貯めることができるようだ。
マナ・クリスタルと構造が似ている。
もしかしたら、このコアの力を借りれば、魔力増幅技術の研究を進めることができるかもしれない。
俺の胸の奥底で、希望の光が再び灯るのを感じた。
「……俺はコミュ障だ。うまく人と話せない」
「大丈夫ですよ。いま、私と話せてるじゃないですか。あなたの美しい心が、クリスタルを通じて、私に伝わってきています」
クリスタルは、嬉しそうに点滅をする。
「わかった。俺で良ければ、やってみる」
「ありがとうございます! 本当に嬉しいです!」
もっともっと嬉しそうに点滅をした。
まるで尻尾を振っているかのようだ。
こうして、コミュ障賢者と孤独なダンジョンコアの、奇妙な共同生活が始まった。