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捨てられ神子は廃王の傍 -役目を失くした孤独な神子は鳥かご王に愛される-
捨てられ神子は廃王の傍 -役目を失くした孤独な神子は鳥かご王に愛される-
みんと
異世界恋愛ロマファン
2025年03月14日
公開日
7,830字
連載中
・役目を失い、家から捨てられた伯爵家の末娘×王位を奪われ幽閉中の若き廃王、一度は誰かに見放された者同士が紡ぐ、恋と陰謀の恋愛ファンタジー・ 伯爵令嬢リリスは、死の運命を持っていた。 「海神殿の神子」と呼ばれる特殊な家系に生まれ、十六歳で祈りと命を捧げる役目があったリリス。 だが、隣国との戦争の末、海神殿のある島が敵国の領地となったことで、リリスは役目を失い、家族から海に捨てられてしまう。 そして漂流の末、波にのまれた彼女は、気付くと一人の青年に助けられていた。 深い薔薇色の髪と瞳に、どこか妖艶な雰囲気を持つその青年は、リリスが辿り着いた島に幽閉中の廃王・ラズベル――。 ラズベルは、前王の逝去により僅か四歳で王位を継承していた。 だが、摂政であった実母に王位を奪われ、十年以上孤島に幽閉されているという。 そんな彼と出逢ったりリリスは、助けられた恩に報いるため、メイドとして身を寄せることに。 だが、そんなある日、リリスの存在が女王の腹心である公爵にバレてしまい……!? ・毎週火・金曜夜更新です!

第1章 孤島の中の廃王

第1話 いらない娘

 波の揺らめきに、月明かりがきらりと光る。

 小さな船の上で膝を抱えた少女は、美しい景色を見上げ、息を漏らした。


 木板を繋ぎ合わせただけのような粗末な船には、色褪せたドレスをまとう青髪の少女以外、帆も舵も存在せず、陸地は既に遠い。大きな波が来れば、小舟など簡単に転覆してしまいそうな危うさだ。


 ザザンと響く波のつづみと共に、船がまた、小さく揺れる。


(……静かね。こんな時間は久しぶり。ここには意地悪をしてくる異母姉あねも、罵声を浴びせてくる異母兄あにも、誰もいない。私は本当に、捨てられてしまったんだわ……)


 膝を抱える両手を強く握りしめ、たれ目がちの瞳を伏せた少女は呟いた。

 あてもなく海を彷徨さまよう彼女は、捨てられた神子みこだった――。



 海神殿かいしんでんの神子という役目をご存じだろうか。

 ここシャルドア王国 レネウィス伯爵家の末娘に与えられたその役目は、国と海を守る存在として古くから知られており、少女――リリスもまた、役目を与えられた存在だった。


 神子は、十六歳になると海神殿のある小島に出向き、祈りと共にを捧げる。

 心からの祈りは国と海の平和を保ち、未来を照らすとされてきた。

 古くからのしきたりに則り、リリスもまた、神子としての役目を果たすはずだった。


 だが……。


『――神子の役目はもういい。お前はいらない娘だ、リリス』


 八年間続いた隣国との戦争の末、海神殿の島は敵国に奪われた。

 役目を失ったリリスは、庶子であったことも災いして「ただの穀潰しだ」と疎まれ、虐げられ、遂にはこうして捨てられた。

 死の運命を背負った娘の延命を、誰も望みはしなかったのだ。


 粗末な船にリリスを乗せ、嘲笑う異母兄姉きょうだいの声と共に、伯爵はリリスを海にやる。

 幸か不幸か波は穏やかで、あれから半日、傍を通る大きな魚も船もない。

 だが、このままではいずれ死が迎えに来るだろう。


 アンティークローズを思わせる深い薔薇色の瞳から、涙が零れた。


(いらない娘……。立派な神子になるとお母様ともお約束をして、たくさん努力もしてきたのに。私は誰の役にも立てないまま、海の泡になってしまうの……?)


 ゆらりと波に合わせて、小刻みに船が揺れる。

 不意に海風が涙を攫い、ポニーテールにしていたストレートの長髪が舞い上がった。

 波と風はまるで彼女の心模様を映すように少しずつざわめき立ち、うねりを始める。

 小波さざなみが徐々に大きくなる光景に、リリスは自身の結末を悟っていた。


(あぁ……。一度でいいから、誰かの役に立つ存在に、なりたかったなぁ……)


 やがて船のバランスが崩れ、体いっぱいに水を感じながら、リリスは心より願った……――。





「……」


 燦々と降り注ぐ夏の日差しが白い砂浜を照らす。

 リリスが捨てられた翌日。波は穏やかに寄せては返していた。


「なぁ、セドニック。これは何だと思う?」


 そんな美しい光景を有する砂浜で、屈みこんだ青年は一心に何かを見つめ呟いた。


 ウェーブを描く深い赤髪が風に乗ってふわりと揺れ、髪と同じ色の瞳が顔を出す。

 どこか生気のない青白い顔をしているものの、つり目がちの理知的な瞳に高い鼻梁、薄い唇が人目を惹く美貌の持ち主だ。


 明らかに市井の人間とは異なる雰囲気を纏わせた青年は、遠くで荷を運んでいた茶髪の青年に声を掛けると、また一心に流れ着いたものに目を向ける。


「え? どーなさいましたか、ラズベル様」


 セドニックと呼ばれた青年が額の汗を拭いながら近付くと、赤髪の彼はすっと骨ばった人差し指を突き出した。


「これだ。珍しいものが砂浜に落ちていた」

「落ち……って、えぇ!? 人じゃないですか! しかも女の子!? な、なななんでこんなところに……!?」

「不可解だろう?」


 素っ頓狂な声を上げるセドニックに頷き、美貌の青年――ラズベルは腰を上げる。

 二人の前にはベビーブルーの髪を乱し、海水に濡れた少女が気を失った状態で倒れていた。

 波打ち際の状況を見るに、流れ着いたということだろうか。


「い、いやでも確か、この辺りは潮の流れが複雑で早いせいもあって、真っ当な航海士を乗せた船でなければ到着はもちろん、何かが流れ着くのは難しいーんじゃなかったでしたっけ……。あ、その前にこの子、生きているんでしょーか……」


 きょろきょろと辺りを見回し、人好きされそうな顔を驚きに染めたセドニックは言う。


 近くに船の残骸らしきものは見当たらないが、そもそもここは、本土から三十キロほど離れた地中海の孤島だ。それも、複雑な潮流と切り立った山々を利用してあるものを閉じ込めた島に、漂流者が現れるなど前代未聞。

 深海のような紺碧の瞳でラズベルを捉えると、彼は同意とばかりに口を開いた。


「そうだな。島に入れられて十四年。俺も漂流者は初めて見た。微かに息をしているように見えるから、おそらく死んではいないだろう」

「えー、本当ですか? ちょーっと失礼、お嬢さん。あっ、確かに脈はありますね。じゃあ、どーしましょーか。見殺しにするのも気が引けますが、万が一を考えると……」


 少女にそろりと近付き、簡単に折れてしまいそうなほど細い腕を取ったセドニックは、脈を確かめた後でもう一度ラズベルを仰ぎ見る。

 何か不安要素でもあるのか、二人の表情は優れない。

 悩みあぐねたように、嫌な沈黙が支配した。


「う……」


 するとそのとき。

 彼らの話し声に刺激されたのか、意識を浮上させた少女がうっすらと目を開けた。

 焦点の定まらない瞳でゆっくり視線を上げる彼女の目に、しかめっ面のラズベルが映り、同時に昼間の太陽が降り注ぐ。


「……綺麗な、ひと」

「あ?」


 まだ半分夢現ゆめうつつらしい彼女は、それだけ言うと、また力尽きたように目を閉じた。


「どーします、ラズベル様」

「……」

「早く決めないと。炎天下に長居は毒ですよー?」


 途端、砂浜に二度目の沈黙が落ち数秒。

 一度目より重みのないそれに、気を取り直したセドニックは笑いを堪えながら問いかけた。

 いきなり綺麗と呟かれ、彼が微妙な心情なのを察したのだろう。

 言葉の端に滲む笑いに、ラズベルは盛大なため息を吐く。


「笑うな。……しかしそうだな。ここで腐られても困る。一先ひとまず拾うしかあるまいよ」


 だが、すぐに倒れ伏す少女へと視線を戻した彼は、面倒そうに肩を落とすと呟いた。



 ――ここはシャルドア王国 エニュティアル島。

 幼くして王位を奪われた廃王が住まう、鳥かごのような島だ。




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