目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話

「ニラコ、休み明け早々にサボるなんて余裕だな」


教室に入るやいなや、昱到いくとにそう言われた。

先週末に夜更かししすぎて眠たかったのもあるが、午前中は気が乗らなかったので屋上で寝ていた。


「だろ?」


「いや、褒めてねぇって」


「1回サボったくらい大した影響ないから」


余裕をこいているが僕は万年赤点ギリギリ。

優秀な人ほど事前準備をしっかりと行うものだとわかっていながら僕にはどうもそれができない。

そして勉強が苦手だからだ。


「どうせまた雪平ゆきひらくんに甘えるんでしょ?」


夏海なみにはすべて見透かされていた。

テスト前になったら禮央れおに勉強を教えてもらって付け焼き刃の学力で難を逃れる。

禮央が受け入れてくれる限り僕はこれを続けるだろうけれど、我ながら情けないという自覚はある。


「雪平くんも新羅にらくんを甘やかしたらダメだよ」


本を読んでいた禮央に注意喚起かんきする夏海だったが、近くに座る禮央はヘッドフォンをしたまま「うん」と空返事するのみだった。


「もう、どうしてみんな新羅くんに甘いの」


あきれた様子の彼女に向けてカメラのシャッター音がした。


「夏海が真面目すぎるんだよ」


いつの間にか近くにいた歩風あゆかが首にぶら下げていた一眼レフカメラで夏海のねた表情を撮っていた。


「ちょっと、歩風。また勝手に撮ったでしょ」


「だって夏海の表情綺麗だったんだもん」


呆れた顔が綺麗という感覚がわからないが、なぜか昱到はうんうんと強く頷いていた。


「あとで消しといてよ」


「えー、もったいない」


「盗撮で訴えるよ」


「夏海、目がこわい」


軽口を言い合う2人は高校に入ってからすぐに仲良くなり、そこからずっとこんな感じだ。

自由気ままな歩風としっかり者の夏海は一見アンバランスに見えるが、気を遣わない関係が居心地良いそうで波長が合うようだ。


「ニラコ、次のテストで点数低かった方がパンケーキおごりな」


「いいね」


「ちょっと昱到、それで赤点なんて取ったら本当に年内デートしてあげないんだからね」


10月中旬に行われる中間テストで赤点を取ると、補習組は街のハロウィンイベントと被ってしまう。

バスケ部のレギュラーである夏海にとってウィンターカップに向けて練習が厳しくなるので、その前のひとときとしてどうしてもデートをしたいらしい。

だから彼氏に赤点を取られると困るのだ。


「私が勉強教えてあげるから絶対に赤点取らないで」


いつになく真剣な表情の彼女に昱到は真剣な表情で背筋を伸ばし「はい」と答えた。

でもその前にリベンジしなければいけないことがある。


「みんな、今年こそはA組に勝つぞ」


「体育祭の話か?」


「あぁ、絶対に負けられない戦いがそこにはあるんだ」


「すごい熱量だな」


「A組に負けて悔しくないのか?」


「新羅くんの場合、A組っていうより纐纈こうけつくんでしょ?」


僕が親友に勝てるのはこういうときくらい。

一部の人からなぎのバーターや金魚のフンなんてひどい噂も耳にしているからギャフンと言わせたい。


「夏海は悔しくないのか?」


「勝負事で負けるのは悔しいけど、纐纈くんは完璧だから別枠かな」


「たしかに、纐纈くん背も高くて爽やかでカッコイイし優しいし」


親友でなければカチコミに行くレベルで悔しいが、2人の言うとおり凪は抜け目がなく、同性でなければ禁断の感情が芽生えてもおかしくない。

僕が勝てる要素としては足の速さとテキトーさくらいだろう。

とくに午後の部に行われる野球では部員の多いA組が圧倒的に有利。

それでもB組にも運動神経の良い人が集まっているから勝ち目は充分にある。


「禮央、当日はピッチャー頼めるか?」


僕の方をチラッと見た後、口角を上げながら無言でサムズアップした。



体育祭がはじまった。


凪には去年1つも勝てなかった。

悔しいくらいの甘いルックスで他校の女子たちも魅了し、凪を見るために隣町から来る人も多い。そんな完璧な親友に良い思いばかりさせられない。


三日間かけて行われる西高の体育祭は同じ競技をクラス対抗の二部制で競う。

一年生からはじまり、最後は三年生。


一部(午前)

室内:バレー

室外:サッカー


二部(午後)

室内:バスケ

室外:野球


二部の最後は男女混合リレーで締める。


多くの運動部がこの日のために力を入れている。

男子バレー昱到が珍しく本気を出してスパイクを決めまくって優勝した。

女子バスケでは夏海が1人でゴールラッシュを決めてB組が圧勝した。

野球では禮央の好投とクラスメイトの活躍により一回戦でD組を倒し、決勝は凪のいるA組と対決することになった。


凪は野球部二年生で唯一のレギュラー。

キャッチャーとしてだけでなく、バッターとしても超越していて、その非凡な才能をこの体育祭でも存分に発揮している。

それにもう1人野球の上手いやつがいた。

ものすごく珍しい苗字だった気がするが、ほとんど話した記憶がないので思い出せない。

気になったので隣のテントにいる凪に訊きに行く。


「なんだ、偵察か?」


「凪のクラスにもう1人野球部いたろ?めちゃくちゃ珍しい苗字の。名前なんだっけ?」


粢田 太一しときでん たいちのことか?」


凪から野球部の話を訊いたとき、あまりに珍しい苗字で覚えられず、話したこともないのに勝手に『トッキー』というあだ名をつけていたことを思い出した。

いまは三年生ピッチャーが3人いるから四番手投手らしいが、来年はエースとしてマウンドに上がるのはほぼ確実らしい。

この時点で二年生の部はA組の優勝が濃厚。

しかし、ルックスや学力は百歩譲って、スポーツまで負けるなんて親友として情けない。

僕らのクラスにも運動が得意な人は何人かいるので、凪とトッキーを抑えれば勝てる要素は充分にある。


試合は時間の関係上特別ルールで行われる。

一試合三回までで、延長はなく同点の場合は引き分けとなる。

後攻のA組が守備につくと凪を見ようと多くの人だかりができていた。

まるで視察に来ているスカウトのような雰囲気だった。

ピッチャーのトッキーが投球練習を終えると、キャッチャーマスクを取って声を出す。

すると、四方八方から黄色い声援とシャッター音が鳴り響いた。

少し汗ばんだ額に張りついた前髪は妙に色気があり、同性からしてもイケメンだと感じる。

そこに悔しさはなく羨望せんぼうの念を抱いた。

マスクを被り直した凪は試合さながらの真剣な表情だった。


一回、二回とお互い無得点に終わった。

劣勢に思われていたB組だったが、ピッチャーの禮央が奮闘していた。

球速そのものはないがコントロールが良い。

味方のファインプレーもあって良い勝負をしている。


最終回、打順は三番のトッキーから。

右打席に立つトッキーに対して禮央が外角低めにストレートを投げると、ライト方向に綺麗に打ち返した。

外野のエラーもあって、二塁まで進む。

ノーアウトランナー二塁。

四番に座る凪。

ヘルメットを被り、左打席に立つ凪は親友ながら惚れ惚れするほどに格好よかった。

凪の方が上手いことはわかっている。

ファーストを守っていた僕はマウンドに立つ禮央のところに向かって耳打ちする。


「……本気か?」


「大丈夫。これで抑えられる」


ピッチャーの禮央は以前バドミントンをしていたことがあり、腕の振りが良いという理由だけでピッチャーを任された。

もちろん変化球なんて投げられない。

普段140キロ台の球を見ている凪にとって100キロ程度の球はあまりに遅いがそれが狙い。

初級、禮央が振りかぶって投げた球は大きなを描いてホームベースの上を通る。

いままでよりもはるかに遅い球に凪は空振りした。

仮にストライクが入らなくても最悪フォアボールで失点のリスクを避けられる。

そう考えたが甘かった。

同じ球を投げ2ストライクになり、次の球を投げようとしたとき、凪がバントの構えをした。

バッターボックスに向かって猛ダッシュしたとき、再びスイングの構えになり、そのまま左中間に打ち返した。


「バスターかよ⁉︎」


思わず声が出た。

打球速度からして素人の外野手2人では追いつかない。

トッキーがホームベースを踏んでサヨナラ。

そのままA組が優勝した。


しかし、まだリレーが残っている。

自慢じゃないが足の速さだけは負ける気がしない。

これでも中学生のときには陸上部からスカウトが来たくらいだ。

A組、B組、C組、D組の代表で行われるクラス対抗リレー。

アンカーを任された僕は入念に柔軟をする。

A組には凪もいた。


「リベンジしてやるからな」


凪に向かって指を差して勝利宣言をする。


「フラグみたいになってんぞ」


天に向けられ放たれた銃声とともに第一走者が一斉に走り出す。


B組が頭ひとつ抜けた。

よし、いける。

そのままバトンがつながれていき、次はアンカー。

僕の横には凪がいる。

B、A、C、D組の順でこちらに向かってくる。

バトンが渡され一気に駆け抜ける。

事前にバトンの練習をしていたことで頭ひとつ抜けた。

スピードを落とさなければ優勝できる。

最後のカーブを曲がろうとしたとき、足をすべらせ、目の前の視界が地面に変わった。

周囲からは落胆の声が聴こえる。


1位はA組で、僕たちB組はビリだった。


「ニラコ、怪我はないか?」


「あぁ」


「新羅くん、頑張ってたよ」


夏海の同情が心に突き刺さる。


みじめな姿をあわれみさげすんでくれ。果てしなく憐れんでくれ」


自分で言っていて情けなくなったが、あそこで転ばなければ絶対に勝てた。


「新羅くん、一生懸命で格好良かったよ」


真剣な表情でなぐさめの言葉をかける歩風からは冗談の要素はも感じなかったが、それが逆に心に突き刺さって痛い。すごく痛い。

自ら写真係を勝手出た歩風は僕のあわれな姿まで撮っていた。

お金を払うからデータを消してくれ。


総合優勝はA組で、今年も凪には1つも勝てなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?