「転校生を紹介する」
突然の担任の言葉にクラスがざわつく。
ほんの少し空いた窓から香る秋の柔らかな風がやさしく
もうすぐ秋休みに入るというのに、この時期に転校してくるなんて珍しい。
男子?女子?
イケメン?美女?
淡い期待と濃い期待が交差する。
扉を開ける音が教室に響いた後、教壇の前に立ったのは、銀色の美しい髪に青い瞳をした女性だった。
同じ人間とは思えないほどに透き通った姿に開いた口が塞がらなかった。
「
ニコッと笑顔を見せた後、僕の斜め後ろの席に座った。
周囲からはかわいいという言葉が飛び交っていたが、僕はどこか違和感を覚えた。
心の奥底から笑っている感じがしなかった。
休み時間によく見る転校生を囲む光景。
噂はすぐに広まり、隣のクラスからも多くの人が覗きに来ていた。
県内随一のマンモス学校である
昼休みに入っても彼女の周りには人だかりができていた。
女子たちからは、
「顔小さいね」
「綺麗な眼」
「肌きれい。どこのブランド使ってるの?」
「髪さわってもいい?」
という容姿に対する質問が多く、あのコミュニケーションお化けの
男子に至ってはすでに上級生にまで話が入っていて、三年生まで見に来ていた。
「学校案内するから連絡先教えて」
「彼氏はいるの?」
「昼ごはん一緒に食べようよ」
というような面倒なからみが続いている。
もう少し自由にさせてやればいいのにと思いつつ、僕には話しかける勇気などないので
「あなたは本当の自分を知らないの?」
と意味不明な言葉を投げかけられた。
出会ってからの第一声がそれですか?と心の中でつぶやきながらも唐突に言われた言葉に呆気に取られたまま売店に向かった。
昼休みは昱到と一緒のことが多い。
売店に向かう途中、
「あの転校生、めちゃくちゃかわいいな」
階段を降りながら昱到がそう言った。
「浮気宣言か?」
「ちげぇよ。俺は夏海一筋だし」
転校生はたしかにかわいい。でも、あの言葉が気になって仕方がなかった。なぜいきなりあんなことを言ったのか、どういう意図があるのか。直接訊けるほどの勇気はないがいつか真意をたしかめないと。
「本当、夏海のこと大好きだよな」
「見た目もタイプだけど、ちゃんと俺のこと思って行動してくれてるし、何より自分の夢に向かって一生懸命なところ尊敬してる」
以前、夏海が昱到の好きなところを歩風やクラスメイトに訊かれていたのを耳にしたことがある。
そのとき「とにかく誠実で愛情表現をまっすぐにしてくれるところ」、「私が不安定なときもいつも
2人はただなんとなく付き合っているのではなく互いを尊重し合っているのが伝わってくる。
学生の多くのカップルは彼氏のいる自分、彼女のいる自分という姿に満足している。
掘り下げてみると、この人でないといけない理由なんて大してなく、春夏秋冬のイベントに付き合ってくれる恋人という理想に近い虚像を求めている。
でもこの2人はまず相手を第一に考えている。
例えば
大切な友人だからこそずっと一緒にいてほしいと願う。
夏海は将来、女子バスケの日本代表を目指していて、そのためには名門大学に行く必要があるのでいまのうちから教養も磨いている。
一方の昱到は大好きなスイーツをそろえたカフェを経営するのが夢。
そのためにカフェでバイトしながら僕と一緒にスイーツ巡りをしている。
極端でもあるが、興味のあることに対してはものすごく行動的なやつなのだ。
僕も見習わないといけないと思いつつ、大した夢も持っていないので行動に移せないでいる。
「そういえばさっき何か言われてなかった?」
「あぁ。でも意味がわからない」
「何も覚えてないのか?」
覚えていないというよりはじめましてだ。
「初対面だぞ?」
「思い出してみろ。過去に何があったのか」
いや、マジで何もない。
「まさか、昔あの子と何かあったんじゃ?」
「何もねぇよ。今日がはじめましてだし」
「いや、ニラコことだ。きっと都合の悪いことは記憶から
どんなイメージでいるんだ。
「あやしいな、
凪といつの間に知り合いになったんだ?
知らないところで関係性が築かれていくのはなんだか一瞬だけ好きな人を奪われた気分だ。
「凪と知り合いだったっけ?」
「実はさ……」
この前新作のスイーツを食べに行った際、数人の女子から凪のことを紹介してほしいと頼まれていたことを思い出した。
直接頼まれたわけじゃないし、うやむやにしたままでいたがどうやら話が進んでいたらしい。
偶然売店にいた凪をつかまえる。
「
「2人はどこで知り合ったんだ?」
「A組の元野球部に知り合いがいてさ、そいつに纐纈を紹介してもらったんだ」
例の一条先輩と一年生の堤さんの件を昱到に問い詰める。
「まさか、本当に紹介したのか?」
「だって、紹介してってあまりにしつこいし。それに夏海からも『濁してないで紹介してあげれば?』って少し不機嫌な感じで言われたし」
それもそうだろう。
自分の彼氏が知らない女子と頻繁に連絡していることを知って良い気分になるはずがない。
「俺は紹介するだけだし。それにニラコを経由したら本当に紹介料取られそうだったし」
凪の方を見ると少し呆れていた。
本気にしないでくれ。昱到は僕と似てテキトーなんだ。
「で、結局凪はどうしたんだ?」
答えはわかっていたが一応聞いた。
「断ったよ」
だろうな。
堤さんはかわいいが年上好きの凪からしたらそもそも枠外だし、一条先輩に関しては彼氏がいる。
フリーで女子大生だったらまだ可能性はあったかもしれないが、きっといまは野球に専念したいはず。
売店でそれぞれ買い3人で中庭のベンチに座る。
今日は凪も一緒に食べてくれるらしい。
凪は鶏の胸肉とささみを使った鶏肉弁当にたまごサンドと焼きそばパンをチョイスした。
弁当だけでも相当な量があるのに相変わらずめっちゃ食べる。
昱到はコロッケパンとメロンパン、生クリームたっぷりのフルーツサンドにミルクコーヒー。
コーヒーの飲めない僕はリンゴジュースにコッペパン、ポテトサラダを挟んだポテサラサンドを選んだ。
「2人とも糖質すごいのばっかだな」
親友よ、僕たちはまだ高校生だ。
いまからそんなもの気にするな。
将来何も食べられなくなるぞ。
「そういえば、凪は転校生見たか?」
「転校生?見てない」
そう言いながら鶏肉を
今日が転校初日とはいえ、あれだけ注目を浴びていたのに全く興味を示さないところが凪らしいと思う。
「あの子、かわいいのに不思議な子だよな」
昱到の意見に強く同意する。
ニコニコしているのにどこか距離があるというか、見えない壁を感じる。
「あの子を見たとき、不思議なオーラが
「俺も視えた」
テキトーなボケに昱到が乗っかってきたのでさらにテキトーを重ねる。
「白いんだけど少し淀んでて、靄みたいなのがかかってて奥が見えないそんな感じ」
「俺は鮮やかで濃いピンクが視えた。
昱到、それ以上言うな。
きっと良い展開にはならないから。
「2人っていつもこんな感じなのか?」
箸を持ちながら少し困惑した様子の凪に昱到が答える。
「あぁ、残念ながら」
何が残念なんだ。
―放課後、忘れ物を取りに教室に戻ると、窓際に立つ禮央の姿が見えた。
いつもチャイムと同時にすぐに席を立つ禮央がいるなんて珍しい。
何か用事でもあるのだろうか。
声をかけようと一歩足を踏み入れようとしたとき、禮央の正面にもう1人いるのが見えた。
少し開いた窓から銀色の髪が
(転校生?)
禮央と何かを話している様子だがこの2人は知り合いなのか?
いつになく神妙な面持ちの禮央。
会話の内容が気になったので悪いと思いつつも聞き耳を立てた。
窓際に立つ2人の会話は風の音でところどころ聞き取れない。
「ちょっと、どういうこと?」
「何が?」
「何がじゃないわよ。全然進んでないじゃない。このままいけば多くの……が……しまうのよ」
「わかってる」
「本人に協力してもらわないと話が進まないの。一言依頼するだけでしょ?」
「簡単に言わないでくれよ。それに、転校してくるならもっと早く言ってくれ。あんな朝イチに連絡きても困る」
「あなたがぐずぐずしてるからじゃない」
「いろいろタイミングがあるんだ」
「私がお願いしたとき協力してくれるって言ってたよね?」
「わかってるよ。でもな、……の気持ち考えたら」
「そんなこと言っていたらもっと多くの被害者が出るのよ?それでもいいの?」
「なら、……にはなんて説明する?」
「それは準備が整ったらちゃんと話すつもり。こっちはこっちで動くから、そっちもお願いね」
一体何の話をしているのだろう。
依頼とか被害者とか日常会話では出てこないワードが出てきていた。
2人が知り合いだという事実よりも重苦しい空気に踏み込む足を引っ込めた。
バイトに間に合わなくなるし、急ぎで必要なものでもないので
今日のバイトは忙しかった。
急遽、夜に団体の予約が入り、その人たちがものすごいペースでお酒を飲むからドリンクを作るのが追いつかなかった。
社員さんに手伝ってもらってなんとかなったが、家に着いた途端一気に疲れた。
僕は昔から偏頭痛持ちでときたま激しい頭痛に襲われる。
小学生や中学生のころに比べてマシにはなってきたが、寝不足や疲れ、極度の緊張などで起こる可能性があるとお医者さんは言っていた。頭痛薬はなんとなく抵抗があるからもらわないようにしている。
翌日の放課後、ある人物から呼び出され校舎裏に向かった。
「九十九さん、どうしたの?」
「瓊子でいいわよ。自分の苗字好きじゃないし」
間近で見る彼女は人形のように美しかったがいつも笑顔はなく、少し怒っているようにも見えた。
「
呼び出しておいていきなりなんだ。
「あなたはね、人の手によって作られた存在なの」
マジで何を言っているのだろう。
僕はここにいるし、こうして息をしている。
「何が言いたいんだ?」
「言葉の通りよ。本当の新羅 皓月はすでに存在していない。あなたはクローン」
僕がクローンだって?
この子大丈夫か?
仕様もない
今日は家に保管してあるヨーグルトパフェとマンゴーの入ったロールケーキを食べながら録画していたアニメの二期を一気に観る日なのだ。
「私はあなたを作った企業を知っていて、その計画を阻止したいの。だから協力して」
頭の中が混乱している。
たしか人間のクローン生成は法律で禁じられているはず。
勉強が苦手な僕でもさすがにそれくらいは知っている。
「あなた、4歳から7歳までのころの記憶ないでしょ?」
たしかにこの三年間だけ記憶がまったくない。椎名が引っ越ししてから凪と出会うまで記憶がごっそり抜けている。
でもこの子がどうして知っているんだ?
「あなたを作ったのは私の家族なの」
何がなんだかわけがわからない。
「それと……」
「それと?」
「この組織はあなた以外にも人型クローンを大勢作ろうとしている。一刻も早くこの計画を止めなきゃいけないの」
そんなバカみたいな話があるか。
もしそれが本当ならいつか人間とクローンの見分けがつかなくなりそうだし、人の尊厳などあってないようなものになる。
こわくなった僕は彼女を避けるようにその場を離れた。
翌日もその翌日も彼女は僕のところにやってきてはクローンの話をしてきた。
まるで洗脳しにきているかのように。