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24 ただそれだけで【テオドール視点】

 臓器販売などという大罪を、バルゴアの役人である私がするわけがない。それでもレックスは信じたようで、先ほどまで牢の中で暴れていたのに、今は青ざめ大人しくなっている。


 自分の置かれている立場がようやく理解できたようだ。ここまでされないとわからないということに改めて驚いてしまう。


 牢の中のレックスを見ていると、私はふと王女殿下に仕えていたころのことを思いだした。


 王女殿下もレックスと同じように、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)でひどいことをしても誰も罰することができなかった。それどころか、王家の役人達に後始末をしてもらい、なかったことにすらなっていた。その仕事をしていたのが自分だ。


 でも、今になってわかった。いくら後始末をしようが、もみ消そうが、された側の恨みまでは消えないのだということが。


 私は牢の中にレックスに声をかけた。


「あなたは今、なぜ自分が牢の中に囚われているのかわかっていないのでしょうね。その手枷や猿轡(さるぐつわ)をはめるように要求したのは、レイムーアの一団です。あなたに『お願いだから、これ以上何もしてくれるな』との伝言を預かっています」


 レックスの目が大きく見開かれた。裏切られたとでも思っているのかもしれない。自分が他人からどういう風に見られているのかがわかっていないところも、王女殿下にそっくりだ。


「王女殿下やあなたを見ていると、この世には悪運が強い者がいるのだと思い知らされますね」


 どれほど非道なことをしていても、なぜか罪に問われない人達がいる。それは権力者だからとか、自分より弱い者を虐げているからだとかなど理由は様々だ。


「でも、不思議なことに、ある日ふと、悪運が尽きることがあります」


 昨晩のレックスはこれまでどおり、気に入った女性を思い通りにしようとしただけ。これまで誰にも咎められず、すべて許されてきた。だから今回も問題など起こるはずがなかった。それなのに、なぜか牢に入れられている。


 レックスの立場からすれば訳がわからないと思う。


 どうして悪運が尽きるのか?


 理由はわからないがレックスの場合は、恨みを買いすぎていた。それでもレイムーアの王族だからとギリギリのところで見逃してもらえていたのに、他国で問題を起こしたため、溜まりに溜まった周囲の怒りが爆発したというところだろう。


 私達のウソによって嵌められたレックスだが、誰一人、彼を擁護する者はいなかった。


 そんな中、私はバルゴア辺境伯の許可を得て、レックスを傷害罪で訴えた。これ自体は、何も問題にはならないだろう。


 例えるなら、第三王子レックスを守っている壁に、私が釘を一本打っただけのこと。本来なら守りの壁が壊れることはない。


 だが、そのことをきっかけに、レイムーアの一団はこれまでの第三王子のやらかしを王家に糾弾し排斥を求めると言いだした。


 私が釘を打った守りの壁の向こう側は、溜まりにたまった恨みつらみの水で今にもあふれてしまいそうになっていたようだ。だから、一本の釘で壁にヒビが入り、そのヒビから中の水が漏れだした。


 こうなるとレックスのこれまでの被害者達は、「ならば自分も」「今なら言える、訴えられる」と思うはず。


 私の予想が当たれば、これから国内外でレックスがこれまで犯してきた多くの罪が暴かれて訴えられることになる。そうなれば、レイムーア王家が跡継ぎでもないレックスをどうするのか。


 まぁシンシア様の前に二度と現れることがないとわかればもう興味はないが。


 王女殿下の悪運も、レックスと同じようにいつか尽きるかもしれない。それすらやはりどうでもいい。


 私は牢屋内で青くなっているレックスに背を向けた。


 昨晩のうちに私から辺境伯に、レックスがシンシア様に害を加えようと企んでいたことを報告した。それを未然に阻止したことで辺境伯にはとても感謝された。


 卑怯だと思ったが、その場で自分がシンシア様に想いを寄せていることを伝え、婚約者になりたいと話した。


 辺境伯は「シンシアが良いならば」とだけ答えた。その場にいた辺境伯夫人は、まるでほほえましいものを見るかのようにニコニコと笑っていた。


 以前からシンシア様の兄であるリオ様には、仕事面で感謝されている。リオ様の妻セレナ様は、私のシンシア様への思いを知っていて秘かに応援してくれている。


 外堀は埋めた。


 あとはシンシア様が「はい」とさえ言ってくれれば、私達の婚約は成立する。


 でも、それがとても難しいことのように感じてしまう。


 シンシア様は、メイドのふりをしているカゲと私が男女の関係であると誤解している。


「いったいどうすれば……」


 レックスを嵌めるための計画は簡単に思いつくのに、シンシア様に好かれるための計画は何も思いつかない。シンシア様のことを思うだけで動悸が激しくなり、頭が真っ白になってしまう。


 シンシア様の部屋に向かわなければならないのに、私の足は止まった。


 この先に進むのが怖い。でも、怖くても苦しくても、卑怯なことをしてでも、シンシア様と一緒にいたい。


 だったら、もう正直に私の想いを伝えるしかない。この場から逃げ出したい気持ちを必死にこらえて、私は一歩足を踏み出した。


 周囲をよく見ていなかったせいで、廊下の曲がり角で人とぶつかってしまった。


 あわててぶつかった人を支えると、金色の髪がふわりと広がり甘く優しい香りが周囲に漂う。美しい紫色の瞳が大きく見開き、私を見上げていた。


「テオドール様!」

「……シンシア様」


 私の瞳にシンシア様が映った。ただそれだけで、それまで感じていた恐怖も苦しさも不安すらすべて消え去り、私は強烈な幸福感に包まれた。

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